五畿内志

五畿内志：近世日本の地誌編纂における金字塔

『五畿内志』は、正式名称を『日本輿地通志畿内部』という、江戸時代の享保年間に編纂された畿内五カ国（山城、大和、河内、和泉、摂津）を対象とした地誌です。この書物は、江戸幕府が初めて関与した地誌と見なされており、近世における地誌編纂事業に多大な影響を与えた重要な文献です。

編纂の経緯と背景

『五畿内志』の編纂は、関祖衡と並河誠所という二人の儒学者によって企画されました。関の急逝後、並河が中心となり、享保14年（1729年）から5年をかけて完成させました。明の『大明一統志』をモデルとして、漢文で書かれた61巻から構成されます。

編纂にあたっては、並河らは畿内各地を自ら調査し、古文書、古記録、そして地域住民からの伝承などを収集。それらを基に、山岳、河川、道路、景勝地、風俗、寺社仏閣、陵墓、氏族など、多岐にわたる項目を詳細に記述しています。その精密な記述は、後世の地誌や名所図会で繰り返し引用され、高く評価されています。

『五畿内志』編纂の背景には、17世紀末から18世紀初頭にかけての時代状況が深く関わっています。明の滅亡と清の台頭という東アジア情勢の変化は、日本における国家意識の高まりと、自国の地理に対する再認識を促しました。この時代、幕府は『元禄国絵図』の作成事業を行い、令制国の境界を明確化することで、新たな国家像の構築を試みていました。

儒学者である太宰春台は、地誌の重要性を強調し、その編纂を強く提唱しました。一方、谷泰山は地誌は国家の災厄を招く可能性があると反対の立場をとりました。これらの対照的な意見は、当時の社会状況と地誌編纂に対する様々な考え方が存在したことを示しています。

幕府の関与と文化政策

徳川吉宗の治世下では、実学重視の文化政策が推進されました。吉宗は積極的に書物収集を行い、特に地誌は収集対象として重要な位置を占めていました。これは、薬草調査などの全国的な政策と密接に関連しており、『五畿内志』の編纂も、こうした政策の一環として位置づけられています。

幕府は『五畿内志』の編纂に対し、資金面や調査許可などの支援を行いました。編纂完了後、幕府は本書を高く評価し、編者である並河に褒賞を与えました。

しかし、『五畿内志』は、幕府の直接命令による編纂ではなく、並河らによる私的な事業でした。それでも、幕府の支援を得て編纂された事実や、その後の評価から、「幕撰地誌」として扱われることも多かったのです。

『五畿内志』の影響と評価

『五畿内志』は、その詳細な記述と体系的な構成から、後世の多くの地誌編纂に大きな影響を与えました。『大明一統志』にならった構成や項目、漢文の使用などが、後続の地誌に見られます。『五畿内志』は、単なる地誌ではなく、当時の畿内の政治、経済、社会、文化を理解するための貴重な資料であり、現在でもその価値は失われていません。

研究史

『五畿内志』の研究は、比較的近年になって本格化しました。初期の研究では、並河誠所と『五畿内志』に関する事実関係が明らかにされました。しかし、戦後、地方史研究の進展とともに、近世地誌の再評価が進み、『五畿内志』の研究も本格的に開始されたのです。現在も、その成立過程や政治的背景、地理学的側面など、様々な角度からの研究が続けられています。

まとめ

『五畿内志』は、近世日本の地誌編纂史において重要な位置を占める作品です。その詳細な記述、体系的な構成、そして幕府の関与など、様々な要素が合わさり、近世日本の歴史、文化、社会を知る上で欠かせない資料となっています。今後も、『五畿内志』は、歴史研究や地域研究において、重要な役割を果たし続けることでしょう。

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