井上夢人

井上夢人：ビートルズからコンピュータ、そしてミステリーへ至る多彩な軌跡

井上夢人氏は、1950年福岡県生まれの小説家、推理作家です。幼少期は病弱で読書に親しみ、小学4年生から6年生までは合唱団に所属するなど、多様な経験を積んできました。転機となったのは中学1年生の頃、映画『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』を観たことでした。ビートルズに傾倒し、レコード収集やバンド活動に没頭しますが、1967年のアルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を聴いたことで、その圧倒的な才能に感銘を受け、音楽活動から離れることになります。

その後、幼い頃から親しんできた映画制作の世界に進むことを決意し、多摩芸術学園映画科に進学します。しかし、現場で活躍したいという思いから半年で中退し、プロダクションに入社。脚本執筆や助監督を務めた経験を経て、仲間と共に映像制作会社を設立しますが、1年足らずで倒産。その後はアルバイトをしながら生活を支えつつ、創作活動の道を探ります。

1975年から、徳山諄一氏とのコンビ「岡嶋二人」として、複数の作品を共同執筆。1982年、第28回江戸川乱歩賞を『焦茶色のパステル』で受賞し、作家としてデビューを果たします。岡嶋二人名義で7年間活動した後、1989年に発表された『クラインの壺』を最後にコンビを解消し、井上夢人名義で活動を再開。1992年には『ダレカガナカニイル…』で再デビューを果たします。岡嶋二人時代から培われた軽快で上品な文体はそのままに、ホラーやSFの要素を取り入れた作品を発表し、本格的なミステリーからは距離を置くようになりました。

井上氏は初期のパーソナルコンピュータ（マイコン）時代からコンピュータを趣味としており、作品にもその知識や経験が反映されています。自身のウェブサイトで作品の一部を公開したり、電子書籍化を積極的に行うなど、テクノロジーを駆使した活動も特徴です。また、パソコンでの閲覧を前提としたハイパーテキスト小説『99人の最終電車』を執筆するなど、新たな表現方法にも挑戦しています。1999年には電子書籍供給作家集団e-novelsを立ち上げ、技術面の中心的役割を担いましたが、2003年に退会。

数々の作品を発表し、その文才は多くの読者から高く評価されています。代表作には、『ダレカガナカニイル…』『プラスティック』『オルファクトグラム』『あわせ鏡に飛び込んで』などがあります。2024年4月には、『プラスティック』が本屋大賞「発掘部門」の「超発掘本」に選出され、改めてその作品世界が注目を集めることとなりました。

多様な経験と才能、そして技術への造詣の深さを活かし、井上夢人氏はこれからも独自のスタイルで、小説という表現の可能性を追求し続けることでしょう。その多彩な作品群は、読者に驚きと感動を与え続けるに違いありません。

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