交響曲第10番 (ベートーヴェン)

ベートーヴェン交響曲第10番：未完の巨匠の遺産

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが構想した交響曲第10番は、未完のまま残された作品です。シューベルトの「未完成交響曲」のように楽章としてまとまっているわけではなく、断片的なスケッチのみが存在します。

構想の初期段階

ベートーヴェンは、交響曲を2曲1組で作曲する傾向があり、第9番と第10番もそのように構想されました。当初、第9番は器楽曲、第10番は合唱曲として計画されましたが、後に統合され、現在の第9番の形になりました。しかし、第9番完成後も第10番への構想は途絶えることなく、多くのスケッチや記述が残されました。

スケッチと構想

第10番は変ホ長調で始まり、ハ短調の力強いアレグロに変化するとされ、そのメロディは秘書によってピアノで弾かれた記録もあります。しかし、ベートーヴェンは弦楽四重奏曲の作曲に関心を移し、第10番のスケッチは1825年12月で途絶えました。

死の直前には、ロンドンのフィルハーモニー協会からの支援があれば新しい交響曲で報いると述べており、その草案は既に存在していたことが伺えます。また、友人や秘書の回想録には、第10番のスケルツォのメロディや、英語の声楽を取り入れる計画があったことが記録されています。

未完の理由とスケッチの行方

ベートーヴェンの死後、多くのスケッチは売却され、19世紀には体系的な収集は行われませんでした。断片的な楽譜は多く発見されていますが、真偽の判別が難しいものが多く、また、スケッチ自体も非常にラフで解読困難な部分もあります。体系的な調査は1960年代まで待つ必要がありました。

音楽学者のロバート・S・ウィンターは、残されたスケッチからは第9番からの飛躍が見られず、ベートーヴェンは第10番に真剣に取り組んでいなかった可能性を示唆しています。

補筆の試み

ベートーヴェンのスケッチを元に、補筆によって第10番を完成させようという試みが数多くなされています。

バリー・クーパー版

バリー・クーパーは、スケッチと記述を元に第1楽章を補筆し発表しました。この版は、ベートーヴェンのオリジナルのスケッチを忠実に再現しようとしたもので、ピアノソナタ第8番「悲愴」の第2楽章に似た旋律が特徴です。初演後、資料収集と検討を重ねて第2稿を発表し、CDも発売されています。

デイヴィッド・コープ版

コンピュータ音楽の専門家デイヴィッド・コープは、自身のAIソフトウェアを使用して第2楽章を作曲しました。

七田英明版

七田英明は、4楽章構成の交響曲を第10番として発表しました。しかし、ベートーヴェンのスケッチはあまりにも少なく、七田の推考や創作の部分が大きいです。

2019年のAIによる補筆

カラヤン研究所を中心とするチームが、AIを使って第10番の補筆を試みました。AIはベートーヴェンの過去の作品を学習し、作曲を試みましたが、音楽専門家ですらAIの創作部分とベートーヴェンのオリジナル部分を聞き分けることができませんでした。完成品は単調だったため改善を重ね、2021年には一般向けに演奏されました。しかし、クーパーは「ベートーベンの意図を歪める危険性がある」と懸念を示しています。

スケッチを流用した交響曲

第10番のスケッチを流用した、新たな交響曲も作られています。

ゲルト・プレンゲルの交響曲ハ短調

ゲルト・プレンゲルは、スケッチを元に4楽章構成の交響曲を作曲しました。クーパーとは異なり、スケッチをそのまま使用せず、独自の解釈で作曲しています。

アドリアン・ガジウの交響曲第4番 “Homage to Beethoven”

アドリアン・ガジウは、ベートーヴェンのスケッチを取り入れた交響曲第4番を作曲しました。ベートーヴェンの完成形を追求したものではありませんが、メロディはクーパー版に似ています。

ブラームスの交響曲第1番との関連

ブラームスの交響曲第1番は、その完成度から「ベートーヴェンに10番目の交響曲ができたようだ」と評されたことがあり、「交響曲第10番」と呼ばれることもあります。

ゲーテ『ファウスト』との関連

第10番ではゲーテの『ファウスト』を用いるアイディアがあったとされています。後世、リストやマーラーが『ファウスト』を題材にした交響曲を作曲しています。

まとめ

ベートーヴェンの交響曲第10番は、未完のまま残された作品ですが、多くの研究者や音楽家によって補筆や研究が行われています。その試みは、ベートーヴェンの音楽の偉大さを改めて認識させるだけでなく、創造の可能性を示唆するものでもあります。

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