交響曲第5番 (ドヴォルザーク)
アントニン・ドヴォルザークの交響曲第5番 ヘ長調 作品76, B. 54は、チェコの作曲家アントニン・ドヴォルザークによって1875年に書かれた交響曲です。出版された順番から、かつては「交響曲第3番」とも称されました。
この交響曲は、ドヴォルザークの作曲家としてのスタイルが大きく変化した時期に生み出されました。1875年の6月15日にオーケストレーションに着手し、同年7月23日には完成という、比較的短い期間で書き上げられています。前作にあたる交響曲第4番までの作品には、ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーからの影響が色濃く見られましたが、本作ではその影響から脱却し、自身のルーツであるスラヴ民族の音楽に根ざした、牧歌的で伸びやかな表現へと舵を切っています。この新しい作風は、その後に続く交響曲第6番や第7番といった傑作群へと引き継がれていくことになり、交響曲第5番はドヴォルザークの円熟期への重要な橋渡しとなる作品と言えます。ただし、完全に過去との訣別を果たしたわけではなく、特に終楽章には、同時代のヨハネス・ブラームスの作品や、ワーグナーの楽劇『ワルキューレ』からの和声進行と類似した箇所が指摘されており、先行する作曲家の語法を取り入れながらも、独自のスタイルを確立しようとするドヴォルザークの創造的な姿勢が窺えます。
この作品の初演は、作曲から数年後の1879年3月25日にプラハで行われました。アドルフ・チェフが指揮を務め、国民劇場管弦楽団が演奏を担当しました。楽譜が出版されたのはさらに後の1888年で、ドイツの出版社であるジムロック社から刊行されました。しかし、この出版の過程で、いくつかの混乱が生じました。ジムロック社は既にドヴォルザークの他の交響曲を出版しており、この第5番よりも後に書かれた第6番と第7番をそれぞれ「交響曲第1番」「交響曲第2番」として発売していました。そのため、本作が刊行された際には、出版順序に従って「交響曲第3番」という番号が与えられました。また、作品番号についても、ドヴォルザーク自身は「作品24」とする意向だったようですが、ジムロック社は商業的な理由からか、後の作品であるかのように見せかけるため、実際の作曲順序とは異なる「作品76」という番号を付しました。このように、ドヴォルザークの初期・中期の交響曲には、作品番号や出版順序に関する複雑な事情がしばしば見られます。なお、この交響曲は出版にあたり、著名な指揮者であるハンス・フォン・ビューローに献呈されました。
この交響曲の演奏に必要な楽器編成は以下の通りです。
フルート：2
オーボエ：2
クラリネット：2（うち1名はバスクラリネット持ち替え）
ファゴット：2
ホルン：4
トランペット：2
トロンボーン：3
ティンパニ
トライアングル：1（第3楽章のみ使用）
弦五部（ヴァイオリンI, II、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）
楽曲は伝統的な4楽章構成で、全体の演奏時間はおよそ40分です。各楽章はそれぞれ異なる性格を持ちながらも、有機的に関連しています。
1. 第1楽章 アレグロ、マ・ノン・トロッポ
ヘ長調、4分の2拍子、ソナタ形式で書かれています。序奏はなく、楽章開始からすぐに主題が現れます。クラリネットが提示する、素朴で田園的な性格を持つ第1主題Aに始まり、フルートによる繰り返しを経て、壮大かつ華やかな響きの第1主題Bへと発展します。続く第2主題はヴァイオリンによって提示されるのどかな旋律で、楽章全体に牧歌的で楽しげな雰囲気が満ちています。提示部には繰り返しの指示があります。
2. 第2楽章 アンダンテ・コン・モート
イ短調、8分の3拍子、三部形式。先行する楽章の明るさとは対照的に、この楽章はどこか陰鬱で、内省的な雰囲気を持っています。冒頭、チェロが奏でる悲しげな主要主題が印象的です。この主題は後にヴァイオリンやフルートに引き継がれ、寂しい響きで展開されます。中間部は一時的に明朗な性格を示しますが、再び主要部が戻ると、冒頭の暗い雰囲気が再現されます。楽章は一度感情的な高まりを見せた後、静かに、そして物悲しく閉じられます。
3. 第3楽章 アンダンテ・コン・モート、クアジ・リステッソ・テンポ - アレグロ・スケルツァンド
変ロ長調、トリオ部は変ニ長調、8分の3拍子。この楽章は、短い序奏部と主部であるスケルツォから構成されます。序奏は第2楽章の主要主題を回想する形で始まり、このためドヴォルザークは第2楽章の終結後、短い間を置いてすぐにこの楽章を開始することを推奨しています。主部のスケルツォは、序奏の陰りとは打って変わり、非常に明るく快活で躍動的な音楽です。編成にあるトライアングルはここで用いられ、その軽妙な響きが楽章の性格を特徴づけています。
4. 第4楽章 フィナーレ：アレグロ・モルト
イ短調からヘ長調へ、4分の4拍子、ソナタ形式。チェロとコントラバスが奏でるイ短調の重厚な序奏で開始されます。この序奏の動機に基づきつつも、ヘ長調に転じ、木管とヴァイオリンによって力強く提示されるのが第1主題です。クラリネットとヴァイオリンが提示する第2主題は、応答風に交わされるのどかな旋律です。楽章の展開や再現の過程では、ワーグナーの楽劇『ワルキューレ』の特定の場面におけるものと酷似した和声進行が聴き取れる箇所があり、興味深い点です。ソナタ形式に則った再現部の後、コーダでは第1楽章の第1主題が再び姿を現し、全曲を締めくくる圧倒的なクライマックスを築き上げます。
付記として、この交響曲の第1楽章の一部は、かつてテレビ東京系列で放送されていたミニ番組『未来シティ研究所』のオープニングテーマとして使用されたことがあります。
交響曲第5番は、ドヴォルザークが自身の音楽語法を確立し始めた時期の重要な証であり、後の国民楽派的な傑作群の萌芽が随所に見られる作品として、今日でも愛され演奏されています。
この交響曲は、ドヴォルザークの作曲家としてのスタイルが大きく変化した時期に生み出されました。1875年の6月15日にオーケストレーションに着手し、同年7月23日には完成という、比較的短い期間で書き上げられています。前作にあたる交響曲第4番までの作品には、ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーからの影響が色濃く見られましたが、本作ではその影響から脱却し、自身のルーツであるスラヴ民族の音楽に根ざした、牧歌的で伸びやかな表現へと舵を切っています。この新しい作風は、その後に続く交響曲第6番や第7番といった傑作群へと引き継がれていくことになり、交響曲第5番はドヴォルザークの円熟期への重要な橋渡しとなる作品と言えます。ただし、完全に過去との訣別を果たしたわけではなく、特に終楽章には、同時代のヨハネス・ブラームスの作品や、ワーグナーの楽劇『ワルキューレ』からの和声進行と類似した箇所が指摘されており、先行する作曲家の語法を取り入れながらも、独自のスタイルを確立しようとするドヴォルザークの創造的な姿勢が窺えます。
この作品の初演は、作曲から数年後の1879年3月25日にプラハで行われました。アドルフ・チェフが指揮を務め、国民劇場管弦楽団が演奏を担当しました。楽譜が出版されたのはさらに後の1888年で、ドイツの出版社であるジムロック社から刊行されました。しかし、この出版の過程で、いくつかの混乱が生じました。ジムロック社は既にドヴォルザークの他の交響曲を出版しており、この第5番よりも後に書かれた第6番と第7番をそれぞれ「交響曲第1番」「交響曲第2番」として発売していました。そのため、本作が刊行された際には、出版順序に従って「交響曲第3番」という番号が与えられました。また、作品番号についても、ドヴォルザーク自身は「作品24」とする意向だったようですが、ジムロック社は商業的な理由からか、後の作品であるかのように見せかけるため、実際の作曲順序とは異なる「作品76」という番号を付しました。このように、ドヴォルザークの初期・中期の交響曲には、作品番号や出版順序に関する複雑な事情がしばしば見られます。なお、この交響曲は出版にあたり、著名な指揮者であるハンス・フォン・ビューローに献呈されました。
この交響曲の演奏に必要な楽器編成は以下の通りです。
フルート：2
オーボエ：2
クラリネット：2（うち1名はバスクラリネット持ち替え）
ファゴット：2
ホルン：4
トランペット：2
トロンボーン：3
ティンパニ
トライアングル：1（第3楽章のみ使用）
弦五部（ヴァイオリンI, II、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）
楽曲は伝統的な4楽章構成で、全体の演奏時間はおよそ40分です。各楽章はそれぞれ異なる性格を持ちながらも、有機的に関連しています。
1. 第1楽章 アレグロ、マ・ノン・トロッポ
ヘ長調、4分の2拍子、ソナタ形式で書かれています。序奏はなく、楽章開始からすぐに主題が現れます。クラリネットが提示する、素朴で田園的な性格を持つ第1主題Aに始まり、フルートによる繰り返しを経て、壮大かつ華やかな響きの第1主題Bへと発展します。続く第2主題はヴァイオリンによって提示されるのどかな旋律で、楽章全体に牧歌的で楽しげな雰囲気が満ちています。提示部には繰り返しの指示があります。
2. 第2楽章 アンダンテ・コン・モート
イ短調、8分の3拍子、三部形式。先行する楽章の明るさとは対照的に、この楽章はどこか陰鬱で、内省的な雰囲気を持っています。冒頭、チェロが奏でる悲しげな主要主題が印象的です。この主題は後にヴァイオリンやフルートに引き継がれ、寂しい響きで展開されます。中間部は一時的に明朗な性格を示しますが、再び主要部が戻ると、冒頭の暗い雰囲気が再現されます。楽章は一度感情的な高まりを見せた後、静かに、そして物悲しく閉じられます。
3. 第3楽章 アンダンテ・コン・モート、クアジ・リステッソ・テンポ - アレグロ・スケルツァンド
変ロ長調、トリオ部は変ニ長調、8分の3拍子。この楽章は、短い序奏部と主部であるスケルツォから構成されます。序奏は第2楽章の主要主題を回想する形で始まり、このためドヴォルザークは第2楽章の終結後、短い間を置いてすぐにこの楽章を開始することを推奨しています。主部のスケルツォは、序奏の陰りとは打って変わり、非常に明るく快活で躍動的な音楽です。編成にあるトライアングルはここで用いられ、その軽妙な響きが楽章の性格を特徴づけています。
4. 第4楽章 フィナーレ：アレグロ・モルト
イ短調からヘ長調へ、4分の4拍子、ソナタ形式。チェロとコントラバスが奏でるイ短調の重厚な序奏で開始されます。この序奏の動機に基づきつつも、ヘ長調に転じ、木管とヴァイオリンによって力強く提示されるのが第1主題です。クラリネットとヴァイオリンが提示する第2主題は、応答風に交わされるのどかな旋律です。楽章の展開や再現の過程では、ワーグナーの楽劇『ワルキューレ』の特定の場面におけるものと酷似した和声進行が聴き取れる箇所があり、興味深い点です。ソナタ形式に則った再現部の後、コーダでは第1楽章の第1主題が再び姿を現し、全曲を締めくくる圧倒的なクライマックスを築き上げます。
付記として、この交響曲の第1楽章の一部は、かつてテレビ東京系列で放送されていたミニ番組『未来シティ研究所』のオープニングテーマとして使用されたことがあります。
交響曲第5番は、ドヴォルザークが自身の音楽語法を確立し始めた時期の重要な証であり、後の国民楽派的な傑作群の萌芽が随所に見られる作品として、今日でも愛され演奏されています。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。