人文主義地理学

人文主義地理学とは

人文主義地理学（または人間主義地理学）は、1970年代にアメリカ合衆国とカナダで生まれた人文[[地理学]]の考え方です。この学問は、空間における個々の人間性を重視し、実証主義的な地理学に対する批判的な立場から生まれました。

背景

1960年代、地理学では計量革命が進行し、実証主義的なアプローチが主流となりました。しかし、この動きに対し、人間を単なるデータとして扱うことに疑問を抱く人々が現れました。彼らは、数値や法則だけでは捉えられない、人間らしく生き生きとした空間を研究しようと試み、その結果として人文主義地理学が誕生しました。

主な研究者と概念

人文主義地理学の成立と発展に大きく貢献した人物として、イーフー・トゥアンが挙げられます。トゥアンは、人間と自然のつながりを重視し、現象学などの新しい方法論を導入しました。彼は、人間の心理や感情に着目し、人文環境の理解を深めようとしました。

また、ジョン・カートランド・ライトは、ジオソフィ（geosophy）という概念を提唱しました。これは、人間のイメージに着目したもので、後の現象学的地理学や人文主義地理学につながるものとされています。ライトの影響を受けたデイヴィッド・ローウェンサルは、「主体から見た空間」（subjective space）という概念を地理学に取り入れようとしました。なお、ローウェンサルの1961年の研究は、地理学において人文主義的な視点を取り入れた最も古い研究の一つとされています。

エドワード・レルフは、トゥアンと同様に現象学の思想を人文[[地理学]]に導入しました。彼は、日常生活における具体的な出来事や、人々の「場所」に対する意味づけとその背景構造を研究対象としました。

人文主義地理学は、特定の研究対象や方法を持つ地理学の一分野というよりは、地理学の研究アプローチの一つとして捉えられています。

日本における人文主義地理学

日本では、1979年に山野正彦と竹内啓一によって、英語圏における人文主義的な地理学研究が紹介されました。その後、トゥアンの著書が翻訳されたこともあり、その方法論が大きな影響力を持つようになりました。

米田巖と潟山健一は、日本における人文主義地理学的な研究を、主観性・人間性を取り戻した研究、記号論的な方法論を用いた研究、場所イメージに関する研究、メンタルマップに関する研究、ゲシュタルト心理学的な視点を用いた景観研究の5つに分類しました。

しかし、日本における人文主義地理学的な研究は、空間認知が視覚に限られることが多いという批判もあります。海外では、嗅覚や聴覚など他の感覚による空間認知を扱う感覚地理学も生まれています。

批判

人文主義地理学は、実証主義を否定する立場から、その根本的な部分が批判の対象となることがあります。例えば、デイヴィッド・レイは、主観性の過剰さ、方法論の欠如、内的な理解に依存した現実認識を問題視しました。また、エントリキンも方法論の欠如を指摘し、人文主義地理学の最大の意義は実証主義への批判だと述べています。

山野正彦は、人文主義地理学が実証主義からの批判に十分に対抗できていないとしながらも、科学的思考に偏ることで生じる弊害を防ぐために、環境計画などの分野で人文主義地理学が必要であると主張しています。彼は、地理学史研究、都市社会地理学、過去の景観復元、人間味のある空間研究などを人文主義地理学的な研究例として挙げています。

まとめ

人文主義地理学は、数量化や客観性を重視する地理学に対し、人間の主観的な経験や感情、場所への意味づけを重視するアプローチです。現象学や記号論など多様な方法論を取り入れ、人間の生活空間をより深く理解しようとする試みと言えるでしょう。

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