伊沢正名

伊沢 正名（いざわ まさな）は、1950年に茨城県に生まれた日本の写真家です。彼は特に、いわゆる隠花植物と呼ばれるコケ植物、キノコ、そして変形菌といった微小な生命体の撮影を専門とする自然写真家として知られています。

写真家としての軌跡

高校時代に自然保護活動に参加したことがきっかけで、伊沢氏は写真に興味を持ちました。独学で撮影技術を習得し、自然写真家としての道を歩み始めます。彼の写真の特徴は、微小な被写体を自然光のもと、長時間露光という手法を用いて捉えることにあります。これにより、被写界深度が深く、対象の細部まで鮮明に写し出された写真は、図鑑などにも数多く採用され、隠花植物の神秘的な美しさを広く世に紹介してきました。

「野糞」という探求

伊沢氏の活動の中で、特に異彩を放つのが「野糞」の実践と研究です。彼は、本来自然のサイクルの中で土に還るべき人間の排泄物が、近代社会においてはその輪から切り離されている現状に疑問と問題意識を抱きました。この考えに基づき、1974年から意識的に野糞を始めます。

この実践は単なる行為にとどまらず、記録へと発展していきます。1999年には「野糞率100%」を達成し、以降は連続野糞日数の記録に挑戦しました。一度は腹痛で断念するものの、再起して2003年には1000日連続を達成。その後も記録は伸び続け、2005年には2000日、2008年には3000日連続という偉業を成し遂げました。しかし、約13年にわたる連続記録は、2013年7月15日に都内で腹痛のため駅のトイレを使用したことで途絶えることとなります。

深まる探求と「糞土思想」

野糞の実践と並行して、伊沢氏はさらなる探求を進めます。2007年からは「野糞掘り返し調査」と称し、自身が土に埋めた大便が時間と共にどのように分解され、自然へと還っていくのかを詳細に観察し、記録しました。これは、人間が自然のサイクルの一部であるという考え、後に彼が「糞土思想」と呼ぶようになる思想を裏付けるための実践的な試みでした。

また、排便後の処理方法についても独自のスタイルを確立しています。紙を使用せず、水と葉っぱを用いて清拭する「伊沢流インド式野糞法」です。以前は紙も併用していましたが、1990年からは完全に紙の使用をやめました。

著作活動

伊沢氏はその多岐にわたる活動と思想を、多くの著作を通して発表しています。自然写真に関する専門的な図鑑から、自身の「野糞」を通じた人間と自然の関係性への問いかけを綴ったエッセイまで、幅広いテーマで執筆しています。主な単著には、『科学のアルバム キノコの世界』（あかね書房）、『森の魔術師たち』（朝日新聞社）、『日本変形菌類図鑑』（平凡社）といった写真集・図鑑のほか、『くう・ねる・のぐそ　自然に「愛」のお返しを』（山と溪谷社）、『「糞土思想」が地球を救う 葉っぱのぐそをはじめよう』（山と溪谷社）などがあり、後者二冊は彼の「糞土思想」を具体的に論じたものです。共著では、『日本のきのこ』や『きのこ』（いずれも山と溪谷社、写真撮影担当）などがあります。

伊沢正名の活動は、単に珍しい行為としてではなく、現代社会における人間の立ち位置や、自然との向き合い方について深く考えさせるものと言えるでしょう。彼の写真を通して知る隠花植物の美しさも、彼の「野糞」を通じた自然への回帰を試みる思想も、いずれも自然の一部としての人間という視点を提示しています。

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