伊皿子坂

伊皿子坂（いさらござか）

東京都港区の三田四丁目と高輪二丁目の間に位置する伊皿子坂は、古くからこの地域の重要な交通路として人々に利用されてきました。泉岳寺の門前から緩やかな上り坂が始まり、坂の頂上では魚籃坂（ぎょらんざか）へと繋がっています。この坂の周辺は閑静な住宅地が広がり、近くには格式ある高輪皇族邸（かつての高松宮邸）も存在しています。

かつての景観

江戸時代には、伊皿子坂を上りきった場所から広大な江戸湾を一望に見渡すことができたと伝えられています。当時の人々は、この坂の上から、海を行き交う船や対岸の景色を眺め、憩いのひとときを過ごしたのかもしれません。近代化が進み、周辺に建物が増えた現在では当時のような眺望を楽しむことは難しくなっていますが、坂の地形からは、かつての海岸線がこの近くまで迫っていた様子を想像することができます。

名称の由来

伊皿子坂という珍しい名称の由来については、いくつかの説がありますが、最も有力視されているのは、慶長年間（1596年～1615年）頃に遡るものです。中国の明朝から日本へ渡来し、この地に帰化して定住したある人物がいました。当時、日本人が外国人に対して用いた呼び名に「エビス」や「イベス」といった言葉がありましたが、この人物はこれにちなみ、自らを「伊皿子（いびす）」と名乗るようになったといわれています。この帰化人「伊皿子」の名が、やがてこの地の町名、そして坂の名称として定着していったと考えられています。

この「伊皿子」と名乗った明国人の墓は、現在も高輪にある浄土真宗本願寺派の寺院、正源寺に安置されており、名称由来の伝承を今日に伝えています。

歯科医学教育の発祥地

伊皿子坂は、日本の近代歯科医学教育の黎明期においても重要な役割を果たした場所です。明治時代には、坂上の伊皿子交差点付近、現在の三田四丁目18番地のあたりに、日本の歯科医学教育の先駆けである高山歯科医学院が設立されました。この学院は、後に東京歯科大学へと発展しました。日本の歯科医学教育の歴史を語る上で欠かせないこの場所には、東京歯科大学によって建立された「歯科医学教育発祥之地」の記念碑が残されており、その功績を後世に伝えています。

潮見坂について

伊皿子坂に関連して、時に「潮見坂」という名称が話題に上ることがあります。『江戸名所図会』などに描かれる「潮見坂」は、現在の墨田区本所周辺を指していると考えられていますが、伊皿子坂の近くにも同名の坂が存在します。本来の港区における「潮見坂」は、伊皿子坂の西側、現在の三田四丁目2番地と4番地に挟まれた場所に位置しており、こちらもかつては文字通り潮の満ち引きを眺められたことに由来すると考えられています。

伊皿子坂は、そのユニークな名称の由来、かつての景観、そして近代歯科医学教育の始まりの地として、多様な歴史と文化の側面を持つ坂と言えるでしょう。

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