伊藤史朗

伊藤史朗：天才レーシングライダーの軌跡と謎

1939年生まれの伊藤史朗は、日本のモーターサイクル・レーシング史に燦然と輝く、伝説的なライダーである。16歳で初出場した浅間火山レースで優勝という鮮烈なデビューを飾り、その後世界グランプリ（GP）の舞台でも活躍、類まれな才能で「天才ライダー」と称賛された。しかし、その華々しい経歴とは裏腹に、逮捕、渡米、そして謎に包まれた晩年など、波乱に満ちた人生を送った。本稿では、彼の輝かしい功績と、知られざる人生の真実を多角的に紐解いていく。

才能が開花した若き日々

東京都大田区出身の伊藤は、音楽家の父を持つ環境で育った。1955年、わずか16歳にして、第1回全日本オートバイ耐久ロードレース（浅間火山レース）250ccクラスに初出場。ライラックSYを駆り、ベテラン選手たちを圧倒して見事優勝を飾った。この衝撃的なデビューは、彼のレーシング界におけるキャリアの幕開けを告げるものとなった。翌年にはヤマハワークスチームに加入するものの、レース延期に伴い一時離脱、浜松でオートレース選手として活動する時期もあった。

世界への挑戦とBMWでの活躍

1958年、伊藤はヤマハワークスライダーとして、カリフォルニア州カタリナ島で開催されたカタリナGPに初出場。海外初レースながら6位入賞という好成績を残した。その後、BMWの輸入元であるバルコム貿易のチームに加わり、1959年には第3回浅間火山レース500ccクラスで優勝。そして1960年、日本人として初めてロードレース世界選手権（世界GP）500ccクラスに参戦する偉業を達成した。これは、BMW本社からの強い推薦があったからこそ実現したことであり、伊藤の実力がいかに世界的に高く評価されていたかを物語っている。

ヤマハワークスライダーとしての栄光

1961年、ヤマハが世界GPに初参戦すると、伊藤はワークスライダーとして125ccと250ccクラスを転戦。1963年にはキャリアのピークを迎え、ベルギーGPで優勝、ヤマハ初の世界GP制覇に貢献した。さらに2位3回という好成績を収め、わずか4戦の出場ながら250ccクラス世界ランキング3位に輝くという快挙を成し遂げた。

転落、逮捕、そしてアメリカへ

1964年、マレーシアGPで転倒、頭部を強打した事故をきっかけに成績は低迷。その後、プリンス自動車と契約し4輪レースへの挑戦も計画されたものの、実現には至らなかった。そして1965年、銃刀法違反容疑で逮捕されるという衝撃的な出来事が起こる。この逮捕により、NHKが制作していたドキュメンタリー番組も放送中止となった。釈放後、アメリカへ渡り、不法滞在のまま生活を送り、レストラン経営やホテルチェーンの副社長なども務めたとされる。アメリカでもレースへの復帰を希望していたという証言もある。

伝説と謎に包まれた生涯

伊藤史朗は、多くの関係者から「天才」と評され、その卓越したライディングテクニックは、世界中のレーサーを魅了した。当時、日本には舗装された本格的なレースコースがなかったにもかかわらず、ヨーロッパのサーキットで高い競争力を発揮したことは特筆すべきだろう。ライバルである高橋国光からも「天才」と認められており、その圧倒的な才能は疑う余地がない。石原慎太郎の小説『跳べ、狼』や大藪春彦の小説『汚れた英雄』のモデルになったとも噂されている。

しかし、彼の生涯は謎も多く、逮捕後のアメリカでの生活については様々な憶測が飛び交っている。銃刀法違反による逮捕、不法入国、そして日本への帰国をせずアメリカで亡くなったことなど、多くの謎が残されたまま、1991年、アメリカで死去した。

伊藤史朗の生涯は、天才的な才能と波乱の人生、そして数々の謎が複雑に絡み合った、まさに伝説と言えるものだった。彼の功績は、日本のモーターサイクル史に永遠に刻み込まれるだろう。

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