伊藤鈴三郎

伊藤鈴三郎（いとう すずさぶろう）は、1905年（明治38年）11月16日に生まれ、1986年（昭和61年）2月12日に80歳で没した日本の著名な実業家です。

愛知県名古屋市に、老舗百貨店・松坂屋を擁する伊藤家15代当主、伊藤次郎左衛門祐民の三男として誕生しました。16代当主となる伊藤次郎左衛門祐茲は実兄にあたります。

学業では、1929年に慶應義塾大学経済学部を卒業した後、さらに見聞を広めるべくイギリスに留学。1933年にはロンドン大学経済学部を卒業しました。帰国後、同年9月には松坂屋の監査役に就任。以降、順調に昇進を重ね、1950年4月には取締役、1957年には副社長の要職に就任しました。

1967年10月、兄である16代目が65歳で社長を退き、会長に就任するにあたり、その後継として副社長であった鈴三郎に白羽の矢が立ちました。これは、16代目の長男で、将来の伊藤家および松坂屋の後継者と目されていた洋太郎氏が、当時まだ35歳と若く、直ちに全経営を担うには時期尚早と判断されたためです。16代目が自らは経営の細部に介入しない「君臨すれども統治せず」という姿勢で経営に臨んでいたのに対し、社長に就任した鈴三郎は、直ちに「これからは松坂屋の社長は君臨のみならず統治も行う」と宣言し、従来の経営スタイルからの変革を明確に打ち出しました。

鈴三郎は、宣言通り強力なリーダーシップを発揮します。まず、経営体制の刷新として、役員構成を大胆に変更しました。また、従来の名古屋中心の体質からの脱却を図り、特に巨大市場である東京における事業展開を重視する姿勢を鮮明に打ち出しました。具体的な経営目標として「10年間で店舗数、売上高の両方を倍増させる」という野心的な計画を掲げ、これをわずか8年という短期間で達成するという目覚ましい成果を上げました。その手腕は社内外から高く評価されました。

松坂屋の経営と並行して、業界全体の発展にも積極的に貢献しました。日本百貨店協会の会長を務めた際には、小売業界の横断的な連携を強化するため、日本小売業協会の設立に奔走するなど、リーダーシップを発揮しました。

しかし、その輝かしい経営は、同族経営特有の力学により転換点を迎えます。1980年、兄である16代目は、任期途中であった鈴三郎に対し、社長職からの辞任を求めました。そして、満を持して自身の長男である洋太郎氏を後任の社長に据えたのです。鈴三郎は社長の座を退き、取締役相談役となり、翌1981年5月には相談役となりました。

松坂屋での職務の傍ら、中部日本放送の取締役を務めるなど、他の企業の経営にも関与しました。

1986年2月12日、心不全のため80年の生涯を閉じました。

鈴三郎の社長在任期間は比較的短かったものの、その間に断行した経営改革と、店舗・売上倍増という具体的な成果は、松坂屋の歴史において特筆すべき業績として記憶されています。また、小売業界全体の組織化にも貢献した功績は大きいと言えます。

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