佐野藤右衛門

佐野藤右衛門

佐野藤右衛門（さの とうえもん）は、京都府京都市の嵯峨野に拠点を置く造園業者「植藤（うえとう）」の当主が代々受け継ぐ名跡です。植藤は、江戸時代後期の天保3年（1832年）から、門跡寺院である仁和寺（にんなじ）の御室御所の造園を手掛けてきた長い歴史を持ちます。

桜守としての歩み

佐野藤右衛門の名が広く知られるのは、明治時代からサクラの育成に力を入れ始め、特に第14代以降、「桜守（さくらもり）」として日本のサクラ文化に貢献した活動からです。第14代、第15代、そして現在の第16代の3代にわたって、この「桜守」としての役割を担い、多様なサクラの品種を守り育ててきました。

円山公園（京都市）を彩る祇園枝垂桜や、兼六園のケンロクエンキクザクラ、イチハラトラノオ、オオサワザクラなど、日本各地に存在する多くのサクラ栽培品種は、佐野藤右衛門によって見いだされ、増やされ、全国へとその美しさが広められていったものです。

初代桜守 第14代

1874年に生まれた第14代 佐野藤右衛門は、京都府立植物園の寺崎良策や西本願寺の大谷光瑞といった支援者の教えを受けながら、日本全国を旅して様々なサクラを集めることに尽力しました。彼が生きた明治時代は、近代化の波によって都市部の水路や街路、かつての大名庭園などが姿を変え、サトザクラをはじめとする多くのサクラ栽培品種が伐採され、失われる危機に瀕していました。

第14代は、こうした状況から貴重な品種を守るため、荒川堤などに保存されていたサクラを取り寄せて増やしたり、京都の平野神社、仁和寺、石川県の兼六園、東京帝国大学など、全国各地の珍しい品種や名木を収集して増殖させる活動を展開しました。これにより、多くのサクラ品種の保護と育成に大きな功績を残しました。1934年、61歳で生涯を閉じました。

第15代

1900年生まれの第15代 佐野藤右衛門は、父である第14代の志を受け継ぎ、サクラの収集と研究に情熱を注ぎました。特に、1930年には京都市の広沢池で見つけたヤマザクラの実生苗の中から優れた個体を選び出し、約1万本の苗を育てた中から特定の品種を見つけました。この品種は、植物学者の牧野富太郎によって「佐野桜」（Cerasus jamasakura var. jamasakura ‘Sanozakura’）と命名されました。

また、京都の円山公園にある有名な枝垂桜を育てたことでも知られ、優良なサクラ品種の保存や新たな育成に尽力しました。その長年の功績が認められ、1972年には吉川英治文化賞を受賞しています。1981年、80歳で逝去しました。彼の著作には「桜花抄」「桜守二代記」などがあります。

第16代

現在の当主である第16代 佐野藤右衛門は、1928年に京都に生まれました。彼は、祖父である第14代が始めた全国的なサクラの保存活動を現代に引き継ぎ、「桜守」としてその名を知られています。京都府立農林学校（現在の京都府立大学）を卒業後、造園業「株式会社植藤造園」の会長を務めています。

造園家、作庭家としても優れた才能を発揮し、京都の桂離宮や修学院離宮といった歴史的な庭園の整備に携わりました。国際的な業績としては、パリにあるユネスコ本部の日本庭園を、彫刻家のイサム・ノグチと協力して造り上げたことが特筆されます。この功績により、1997年にはユネスコからピカソ・メダルを授与されました。

長年にわたる造園とサクラ保護・育成への貢献に対し、数々の栄誉を受けています。1989年に黄綬褒章、1999年に勲五等双光旭日章を受章。2005年には京都迎賓館の庭園を棟梁として手がけました。さらに、2007年に京都府文化賞功労賞、2012年にみどりの文化賞、2020年に京都市文化功労者に選ばれるなど、多方面で高い評価を得ています。

著書

第16代佐野藤右衛門は、サクラに関する著作も多数発表しており、その知識と経験を広く伝えています。

『桜花抄』
『桜守二代記』
『さくら大観』
『京の桜』
『桜のいのち庭のこころ』
『木と語る Shotor library』
『桜よ 「花見の作法」から「木のこころ」まで』
『徹底 京都桜めぐり』（水野丹石著、佐野藤右衛門監修）
* 『桜守のはなし』

佐野藤右衛門3代にわたる活動は、日本の貴重な自然遺産であるサクラの多様性を守り、その美しさを未来へと繋ぐ上で、極めて重要な役割を果たしています。彼らの情熱と技術によって、今日私たちは様々な美しいサクラを愛でることができるのです。

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