作意

作意（さい）とは

作意（さい）とは、仏教において使用される重要な心の働きを指す用語です。その語源は、パーリ語およびサンスクリット語のManasikāra（マナシカーラ）にあります。この言葉は、「意（マナス、心）」と「為す（カーラ、作用）」という要素が組み合わさったものであり、文字通り「意を為す」、すなわち心が何らかの対象に注意を向けたり、思考を巡らせたりする作用を意味します。仏教の文脈では、心が特定の対象を選び取り、そこに意識を集中させたり、固着したりするプロセスとして定義されることがあります。これは、私たちの認識や思考がどのように成立するかを考える上で、非常に基本的な心の動きを表しています。

アビダルマにおける位置づけ

仏教の哲学的・心理学的分析体系であるアビダルマ（論蔵）において、作意は心所（しんじょ）、すなわち心と共に生じる精神作用の一つとして詳細に分類されます。心所は、私たちの心のあり方や行動を決定するさまざまな要素を分析したものです。

上座部仏教のアビダルマでは、作意は七心所の一つに数えられます。これは、どのような心の状態（善なる心、悪なる心、あるいはどちらでもない無記の心）が生じる場合でも、必ずそれに伴って生じる普遍的な心所のグループに位置づけられていることを意味します。対象への注意や意識の方向付けは、あらゆる認識活動の前提となるため、このように重要視されています。
大乗仏教のアビダルマにおいては、作意は五遍行心所の一つとされます。遍行心所とは、心と共に生じる際に、あらゆる種類の心、あらゆる場所（三界）、あらゆる時（過去・現在・未来）にわたって遍く現れる心所を指します。ここでも、作意は基本的な精神作用として不可欠であると考えられています。

このように、アビダルマにおいては、作意は心の分析における根幹的な要素として捉えられており、私たちの意識や思考がどのように機能するかを理解するための出発点となります。

名色との関連

作意はまた、仏教における存在の構成要素を説明する文脈でも言及されます。例えば、十二縁起や五蘊（色・受・想・行・識）といった教えの中で、存在を構成する要素の一つとして「名色（めいしき、ナーマ・ルーパ）」が挙げられます。名色は、精神的な側面（名、ナーマ）と物質的な側面（色、ルーパ）を合わせた存在の総体を指しますが、その精神的な側面である「名」は、受（感覚）、想（表象）、思（意思）、触（対象との接触）といった様々な心の働きから構成されると説明されることがあります。作意もまた、この「名」を構成する要素の一つとして挙げられることがあります。

これは、感覚器官が外界の対象と接触し、そこに意識が生じる一連のプロセスにおいて、心が対象に注意を向け、それを認識しようとする働き、すなわち作意が不可欠な役割を果たしていることを示しています。作意は、私たちが世界や自己をどのように体験し、認識するかの土台となる精神的な作用群の一部なのです。

如理作意と非如理作意

作意という心の働きは、その向けられる方向や内容によって、私たちを迷いや苦しみへと導くこともあれば、悟りや解脱へと導く鍵となることもあります。特に仏道修行において極めて重要視されるのが、「如理作意（にょりさい）」です。

如理作意（にょりさい、Yoniso manasikāro）とは、「物事を真理に即して、あるいは仏法の観点から正しく、深く考察する心のあり方」を意味します。「如理」とは、物事の実相、真如にかなっていること、道理に適っていることを指します。これは単に何かについて考えるというだけでなく、その考え方が苦しみの原因である煩悩を生み出さず、むしろ智慧を開き、解脱へと向かう方向性を持っていることが強調されます。例えば、無常・苦・無我といった仏教の根本的な真理について深く思惟し、それを自身の体験と結びつけて理解しようとする心の働きなどが如理作意にあたります。

この如理作意は、仏道修行の初期段階において特に重要であり、悟りの第一段階である預流果（よるか）を獲得するための重要な要件である四預流支の一つに数えられています。四預流支とは、善知識（善き師）に親近すること、正しい法を聞くこと、如理作意、そして聞いた法を実践すること（法随法行）という四つの支えを指します。このことからも、如理作意が、正しい理解や智慧の獲得、そして煩悩の滅尽に向けた修行の根幹をなす心の働きであることがわかります。

非如理作意（あにょりさい、Ayoniso-manasikārassa）は、如理作意の対義語です。これは、「物事を真理に反する見方や、煩悩に支配された心のあり方で考察すること」を指します。例えば、快楽に心を奪われて無常の道理を見失ったり、強い自己や所有物への執着に基づいて考えたりする心の働きなどが非如理作意にあたります。このような心の向け方は、さらなる迷いや苦しみを生み出す原因となると考えられています。

まとめ

作意は、仏教において心が対象に注意を向け、思惟する基本的な作用を指します。この働きは、アビダルマにおける心の分析や、存在の構成要素としての名色の説明など、様々な文脈で重要視されています。そして何よりも、その向けられる方向が正しければ（如理作意）、それは煩悩を断じ、智慧を開き、悟りへと至るための決定的な心のあり方となります。一方、誤った方向に向かえば（非如理作意）、それは迷いや苦しみを増大させます。このように、作意、特に如理作意の概念は、仏道修行において心のあり方を正しく整えることの重要性を説く上で、中心的な役割を果たしているのです。

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