作田啓一

作田啓一：人間と社会の深層を探る社会学者

作田啓一（1922-2016）は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍した日本の著名な社会学者です。京都大学名誉教授、元日本社会学会会長を務め、平成24年度には京都府文化賞特別功労賞を受賞するなど、その功績は広く認められています。経済学者として知られる作田荘一を父に持ち、作家である折目博子を妻に持つなど、恵まれた環境で育ちました。

山口県山口市に生まれた作田は、関西学院大学を経て京都帝国大学文学部哲学科を卒業。その後、西京大学（現京都府立大学）助教授、京都大学教養部助教授、そして教授とキャリアを重ね、1985年に京都大学を定年退官しました。退官後も甲南女子大学教授として10年間教鞭をとり続け、人間学に根ざした社会学の探求を深めました。

戦後の日本社会への鋭い洞察：『恥の文化再考』と『価値の社会学』

作田の代表的な著作として挙げられるのは、『恥の文化再考』（1967年）と『価値の社会学』（1972年）です。『恥の文化再考』では、ルース・ベネディクトの「日本の文化は恥の文化である」という説を再検討。戦後の日本社会における「恥」の概念を、稲作農村の共同体や幕藩体制といった歴史的・社会構造との関連から深く考察し、日本人特有の「羞恥」の概念を提唱しました。この著作は、西欧中心主義的な文化論への重要な批判として高く評価されています。

続く『価値の社会学』では、人間の行動を経済的な実利だけでなく、価値や理念といった観点からも分析する必要性を説きました。この著作は、社会学の研究方法や対象に大きな影響を与え、後の社会学研究の方向性を決定づけたと言っても過言ではありません。

ルソー研究と生成の社会学：人間の深層への探求

作田は、ルソー研究にも深く関わり、京都大学人文科学研究所における共同研究にも参加しました。1980年に刊行された『ジャン＝ジャック・ルソー』では、ルソーの思想を精神分析や行為理論の観点から詳細に分析し、高い評価を得ています。ルソーの自己の内面探求と社会変革への行動を結びつけた分析は、作田独自の視点を示しています。

さらに、作田は「生成の社会学」という独自の理論体系を構築しました。『生成の社会学をめざして』（1993年）以降、人間の自我を「社会我」「独立我」「超個体我」の三相から分析。従来の人間研究が「社会我」と「独立我」に焦点を当ててきたのに対し、作田は「超個体我」という概念を導入することで、人間理解の新たな枠組みを提示しました。「超個体我」とは、自然、人間関係、宗教、芸術、スポーツなどを通して外界と一体化しようとする人間の側面です。

同人誌『Becoming』と多様な知的探求

1998年から発行された同人誌『Becoming』では、ラカン、レヴィナス、デリダといった現代思想を取り入れながら、人間の深層心理、非合理的な力、超個体性といったテーマを深く探求しました。「分身の会」と呼ばれる独自の研究会を主宰し、社会学、哲学、文学、精神分析といった異なる分野の知見を統合する試みも続けました。

作田は、従来の社会学が「昼の世界」に焦点を当ててきたのに対し、「夜の世界」、すなわち休息や無意識の領域にも目を向けるべきだと主張しました。現代社会における無差別殺人などの事件を分析する際にも、この「夜の世界」への視点を重視することで、従来の社会学では説明できない現象に新たな光を当てました。

多岐にわたる著作と研究

作田は、『恥の文化再考』や『価値の社会学』以外にも多数の著作を発表しています。ルソーに関する研究書、近代小説における個人のあり方に関する研究、精神分析を援用した人間心理の探求など、その研究領域は非常に多岐に渡ります。また、同人誌『Becoming』に掲載された論文も多くが単著として刊行されています。これらの著作は、今日でも社会学、文学、哲学などの分野で高く評価され、多くの研究者たちに影響を与え続けています。

作田啓一の業績は、単なる社会学研究にとどまらず、人文科学全般にわたる深い洞察を示すものです。彼の残した思想と著作は、現代社会を理解するための重要な手がかりを与え続けています。

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