使徒パウロ (レンブラント、美術史美術館)

レンブラントの「使徒パウロ」：信仰と葛藤の肖像

レンブラント・ファン・レインによる「使徒パウロ」は、17世紀オランダ絵画の金字塔として知られています。ウィーン美術史美術館に所蔵されているこの作品は、約1633年頃に制作され、新約聖書の著者の一人であり、キリスト教伝播に大きな役割を果たした聖パウロを捉えています。

レンブラントは、聖パウロという主題を初期の頃から繰り返し描いてきました。例えば、獄中の聖パウロを描いた作品や、聖ペトロとの論争の場面、机に向かう聖パウロの姿など、様々な表現を試みています。これらの作品は、聖パウロの生涯における苦悩や葛藤、そして信仰の深さを表現する上で、レンブラントの探求が継続していたことを示しています。

「使徒パウロ」において、レンブラントは聖パウロを机の前に座った姿で描いています。書簡を書いた直後なのか、聖パウロは身体を起こし、鑑賞者の方を向いています。手に握られた羽根ペン、書物、そして書きかけの手紙は、彼の知的活動と熱心な布教活動を示唆しています。画面右奥に置かれた大きな両手剣は、聖パウロの殉教を暗示する象徴的な小道具です。薄暗い書斎の雰囲気は、聖パウロの精神世界への深遠な探求を促すようです。

この作品に描かれた聖パウロの肖像は、レンブラントが1632年頃に描いた習作、「金の鎖を掛けた老人」を基にしていると考えられています。この習作は、人物の表情を精緻に捉えた作品として高く評価されており、「使徒パウロ」だけでなく「使徒ペトロ」などの作品にも影響を与えたと推測されています。さらに、ルーヴル美術館に所蔵されている「使徒ペトロ」の素描も、「使徒パウロ」の構図に関連していると考えられており、レンブラントの創作過程における綿密な準備と構想がうかがえます。

「使徒パウロ」の構図は、聖パウロの姿勢に独特の緊張感を与えています。頭部は肩の向きとは逆方向に捻られており、長いあごひげがその動きを強調しています。これは、1630年代のレンブラントの画風に見られる、人物像への動勢とモニュメンタル性の付与を表す特徴です。

しかしながら、この作品については、レンブラント自身によるものかどうか、長らく議論が続いてきました。レンブラント工房で働いていた他の画家、例えばホーファールト・フリンクやヤーコプ・アドリアンスゾーン・バッケル、ヤン・リーフェンスらの関与も指摘されています。特に、聖パウロの肌の色調に若干の不調和が見られることから、レンブラント以外の画家の手が加わっている可能性が示唆されています。それでも、この絵画に使用されているキャンバスは、他のレンブラントの作品と共通するものであり、完全にレンブラントの関与を否定することはできません。

この作品の来歴も、初期の段階については不明な点が多いです。確実な記録は、1685年のプラハ城の収蔵品目録から始まります。その後、1783年にはウィーンのインペリアルコレクションに収蔵され、現在に至ります。

「使徒パウロ」は、宗教画としての側面を持ちながらも、レンブラント特有の心理描写と表現技法によって、聖パウロという人物の深遠な精神世界を描き出した、魅力的な作品です。制作過程や作者に関する議論も含め、その謎めいた側面も、鑑賞者の興味をさらに惹きつけます。

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