侯爵夫人ブリジダ・スピノーラ＝ドーリアの肖像

『侯爵夫人ブリジダ・スピノーラ＝ドーリアの肖像』は、バロック期の巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1606年に描いた油彩画です。この作品は、ルーベンスがイタリア滞在中に制作した初期の肖像画の傑作として知られています。描かれているのは、ジェノヴァの名門スピノーラ家出身のブリジダ・スピノーラ＝ドーリア（1583年 - 1648年）です。現在は、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されています。

また、この作品の準備素描はニューヨークのモルガン・ライブラリーに所蔵されており、作品の制作過程を知る上で貴重な資料となっています。

ブリジダ・スピノーラについて

ブリジダ・スピノーラは、ジェノヴァ共和国の名門スピノーラ家の出身です。父はガスパレ・スピノーラ、母はマリア・ドーリアで、彼女は1583年に生まれました。スピノーラ家は商業と銀行業で財を成し、ジェノヴァの芸術家たちの有力なパトロンでした。一族は、姻戚関係にある家との結婚を重ね、富と権力を強化していました。

1605年、ブリジダは従兄の侯爵ジャコモ・マッシミリアーノ・ドーリアと結婚しました。ジャコモの父はブリジダの母マリアの父の兄弟であり、母はブリジダの父の妹でした。これは、一族内での結婚が一般的であったことを示しています。1613年にジャコモと死別した後、ブリジダは1621年に詩人で美術収集家でもあったジョバンニ・ヴィンチェンツォ・インペリアーレと再婚しました。ジョバンニの両親も、スピノーラ家と姻戚関係にありました。

作品の詳細

ルーベンスは、当時22歳で結婚したばかりのブリジダを、その美しさと威厳を際立たせるように描いています。彼女は、光を受けて輝くシャンパンホワイトのサテンドレスと、密な襞襟を身につけています。袖からは琥珀金の裏地が付いたクロークが広がり、彼女の優雅さを強調しています。ブリジダは、鑑賞者の方をわずかに微笑みながら見つめています。彼女の白い肌、黒い眉、バラ色の頬、赤い唇が、彼女の美しさを際立たせています。

また、彼女の茶色の髪は真珠と金の宝飾品で飾られ、耳には真珠のイヤリングが輝いています。背景には、フォレストグリーンの大理石の柱とクランベリーレッドのカーテンが描かれています。画面左上から差し込む光は、ドレスの襞を強調し、彼女の姿をドラマティックに演出しています。

ブリジダの視線の方向や建築的な要素から、この肖像画が鑑賞者の高い位置に飾られることを意図していたと考えられます。ルーベンスは、建築要素とブリジダの堂々とした姿を通じて、彼女の富と社会的地位を明確に示しています。

モルガン・ライブラリー所蔵の準備素描からは、この作品が元々は全身像だったことがわかります。しかし、19世紀に画面の上部、下部、左側が切り取られ、現在のサイズになりました。

作品の来歴

この肖像画は、最初にブリジダの夫ジャコモ・マッシミリアーノ・ドーリアが所有し、彼の死後、弟のジョバンニ・カルロ・ドリーアに受け継がれました。ジョバンニ・カルロの死後、おそらくブリジダの再婚相手であるジョヴァンニ・ヴィンチェンツォ・インペリアーレに引き継がれ、インペリアーレ家に相続されました。19世紀には、インペリアーレ家からラティ・オピッツォーネに贈られ、その後、フランスの画家サイモン・ホーシン＝デオンや、ハンプシャーのローレンス・カリーらを経て、最終的にサミュエル・H・クレス財団の手に渡りました。1961年、財団によってナショナル・ギャラリー・オブ・アートに寄贈されました。

準備素描は、美術商マリオ・ウツィエリや美術史家エドモンド・シリングの所蔵を経て、1954年にモルガン・ライブラリーに収蔵されました。

作品の影響

この作品は、1848年にライプツィヒの彫刻家アドルフ・レーネルトによってリトグラフ化されました。レーネルトのリトグラフは、モルガン・ライブラリー所蔵の素描と同じ構図で描かれています。

この肖像画は、ルーベンスの肖像画の傑作の一つとして、現在も多くの人々を魅了し続けています。

ギャラリー

ルーベンスの同時期の肖像画

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