俗天使

太宰治の短編小説『俗天使』：宗教画と俗世間の狭間で揺れる人間の姿

『俗天使』は、昭和初期に執筆された太宰治の短編小説です。一見すると、ミケランジェロの「最後の審判」やダ・ヴィンチの「聖アンナと聖母子」、「モナ・リザ」といった宗教画や名画についての考察から始まる作品ですが、その奥底には、複雑な人間模様と、作者自身の内面世界が深く反映されています。

作品冒頭では、語り手が西洋絵画の名品を鑑賞する様子が克明に描写されます。この描写は単なる美的鑑賞にとどまらず、宗教画に描かれる聖母子像や、人間の生と死といった普遍的なテーマへの深い洞察を示唆しています。しかし、その後の展開は、予想外の展開へと向かいます。

興味深いのは、太宰治の妻である美知子の証言です。彼女は『俗天使』の結末の手紙の宛先が、太宰治の代表作の一つである『女生徒』のモデルとなった有明淑（ありあけ しず）であると述べています。作品中、手紙の内容として「『女生徒』を読みたいとおつしやいました。私は、つい、『厭よ。』つて断りました。」という記述が登場します。この記述は、作者自身の創作過程や、モデルとなった人物との関係性を示唆しており、『女生徒』との繋がりを読み解く上で重要な手がかりとなります。

さらに、美知子の証言は、作品に描かれた西洋絵画の鑑賞シーンの背景を明らかにしています。三鷹への引っ越し後、ある洋画家が頻繁に太宰治を訪ねており、その際、持ち込まれた絵画集を通じて太宰治は名画を鑑賞したとのことです。『俗天使』に登場する聖母子像も、その絵画集に含まれていた作品の一つだと推測されます。このエピソードは、作品中の宗教画の描写が、単なる装飾ではなく、太宰治自身の現実体験と密接に結びついていることを示しています。

『俗天使』は、宗教画に象徴される崇高な世界と、人間の俗っぽい感情や欲望が複雑に絡み合う作品です。聖母子像といった宗教画を背景にしながら、人間の内面を深く探求し、現実と虚構、聖と俗が混在する人間の姿を描写しています。

また、本作品は2004年に新潮社より刊行された『名短篇―新潮創刊一〇〇周年記念 通巻一二〇〇号記念』にも収録されており、太宰治作品の中でも重要な位置を占めていることが分かります。作品全体を通して、複雑な人間心理や、現実と理想の葛藤が繊細に描かれており、読者に深い余韻を残す作品と言えるでしょう。

『俗天使』を読み解くためには、太宰治の他の作品、特に『女生徒』との比較検討が不可欠です。両作品を比較することで、作者の創作意図や、作品に込められたメッセージをより深く理解することができるでしょう。さらに、美知子の証言といった背景資料も考慮することで、より多角的な視点から『俗天使』の解釈を深めることができます。

『俗天使』は、単なる短編小説としてだけでなく、太宰治の人生観や創作方法を理解するための重要な鍵を握る作品です。その複雑な構成と奥深い心理描写は、読者に多くの示唆を与え、繰り返し読み返したくなる魅力を持っています。

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