光明寺村女工焼死事件

光明寺村女工焼死事件

1900年（明治33年）1月23日、愛知県葉栗郡光明寺村字本郷（現在の愛知県一宮市光明寺本郷屋敷にあたる）に所在した織物工場で発生した火災により、そこで働く多くの女性労働者が犠牲となった事件。

この工場は、生産を行う機織場、食事を作る炊事場、そして労働者が寝泊まりする寄宿舎が一体となった一棟の建物内に収められていました。事件発生当日、午前3時30分頃、建物の1階部分にある機織場で火の手が上がりました。火災報知設備などが不十分な状況で、火は瞬く間に燃え広がりました。

火元となった1階の真上に位置する2階の二つの部屋には、49名の女性労働者が寄宿していました。火災に気づいた労働者たちは、炎が迫る1階へ繋がる階段からの避難が不可能となり、窓からの脱出を試みました。しかし、当時の尾張地方の織物工場で一般的だった慣習に従い、この工場の寄宿舎の窓にも、外部からの男性の侵入を防ぐという建前のもと、実際には女性労働者の逃亡を阻止する目的で、頑丈な鉄格子が設置されていました。この鉄格子が避難経路を完全に閉ざした結果、49名のうち18名は何とか脱出できたものの、残る31名は逃げ場を失い、燃え盛る建物の中で生命を落としました。犠牲となった労働者たちの遺体は、激しい炎によってひどく損傷し、炭化・白骨化しており、身内ですら個人を特定することが極めて困難な状態であったと伝えられています。

この事件は、当時の日本の繊維産業における劣悪な労働環境、特に労働者の安全や人権が軽視されていた実態を浮き彫りにしました。政府が編纂した、当時の工場労働者の実態を調査した報告書である『職工事情』にも、この悲劇的な出来事は記録されています。

事件を受けて、愛知県は労働者の安全確保に向けた対策を講じました。事件発生からわずか3ヶ月後の同年4月23日付けで、「工場及寄宿舎取締規則」を改正。労働者を閉じ込めるような形態の寄宿舎は禁止されることとなりました。また、寄宿舎には非常時のための避難階段の設置や、火災に備えた消防器具の備え付けなどが、事業主の義務として明確に規定されました。これにより、監禁に近い状態での寄宿を強いる慣習に終止符が打たれ、労働者の安全確保に向けた法的な枠組みが整備される一歩となりました。

犠牲となった女性労働者の多くは、愛知県三河地方の幡豆郡（現在の西尾市周辺にあたる地域）の出身でした。この悲劇を悼み、事件現場のある葉栗郡の有力者たちが発起人となり資金を募り、同年7月には幡豆郡西尾葵町（現在の西尾市葵町）に、犠牲者を追悼するための吊魂碑（ちょうこんひ、慰霊碑）が建立されました。

一方、犠牲者個々の墓石は、事件現場からやや西にある光明寺墓苑（現在の光明寺霊園、一宮市光明寺山屋敷）の敷地内に、誰の墓か判然としないまま点在していました。年月を経て、これらの墓石が事件で亡くなった女性労働者たちのものであることが判明し、1975年（昭和50年）8月、この墓苑の一角に「織姫乃碑（おりひめのひ）」と名付けられた慰霊碑が建立されました。そして、点在していた女性労働者たちの墓石は、この「織姫乃碑」の周囲に集められ、改めて供養されることとなりました。

事件現場を管轄する現在の一宮市は、「せんいの町」として繊維産業の歴史を語る上で、この事件を避けて通れない「負の歴史」の一部として位置づけています。一宮市教育委員会が2002年に発行した中学校社会科の副読本『のびゆく一宮』にも、この事件が掲載されており、地域の歴史教育の中で伝えられています。

光明寺村女工焼死事件は、明治期の日本の急速な産業化の陰で、労働者の人権や安全がいかに軽視されていたかを示す痛ましい事例であり、その後の労働環境改善に向けた法改正の契機の一つとなった出来事として、日本の産業史、労働史において重要な意味を持っています。

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