免疫グロブリンM

免疫グロブリンM（IgM）

免疫グロブリンM（Immunoglobulin M、略称: IgM）は、私たちの体を病原体などから守る免疫システムの主役である抗体の一種で、特にB細胞と呼ばれるリンパ球によって産生されます。ヒトが持つ抗体クラス（アイソタイプ）の中でも、その巨大な分子サイズが際立っており、さらに赤血球のABO式血液型を決定するA抗原やB抗原に対する主要な抗体としても知られています。

興味深いことに、抗体という分子構造は無脊椎動物には見られず、軟骨魚類以降の脊椎動物で確認されていますが、その中でもIgMは、軟骨魚類から哺乳類まで、すべての脊椎動物に共通して存在する最も原始的かつ基本的な抗体クラスであると考えられています。

構造と機能

IgM抗体は、複数の免疫グロブリン単位が互いにジスルフィド結合という化学的な結合で連結した「多量体」として存在するのが特徴です。最も一般的なのは、5つの免疫グロブリン単位が放射状に結合した五量体構造ですが、6つの単位からなる六量体も確認されています。特に五量体のIgMは分子量が約90万ダルトンと非常に大きく、これは他の抗体クラスの約5倍に相当します。

個々の免疫グロブリン単位はそれぞれ2つの抗原結合部位を持っていますが、五量体として結合すると合計10個の抗原結合部位を持つことになります。ただし、実際に抗原が結合する際には、抗原自体の大きさや構造的な制約により、同時に10個すべての部位に抗原が結合することは稀です。

IgM多量体には、「J鎖」と呼ばれる小さなタンパク質が結合している場合があります。このJ鎖は主に五量体に見られますが、六量体には存在しないと考えられています。また、J鎖を持たない五量体も存在し、J鎖が五量体のどこに、いくつ結合するのかなど、その詳細な役割や結合様式については、まだ完全に解明されていません。

その巨大な分子サイズゆえに、IgMは組織の細胞間のスペース（間質）にはほとんど拡散せず、主に血液中（血清中）に高濃度で存在しています。多量体構造による多数の抗原結合部位を持つため、IgMは個々の抗原結合部位の親和力が比較的低くても、全体として抗原に対する高い結合力（アビディティ）を発揮できます。また、免疫システムの重要な働きである「補体」を活性化する能力も非常に高く、病原体の排除において中心的な役割を果たします。

発現

私たちの遺伝情報において、抗体の重鎖をコードする遺伝子の並び順は、IgMの重鎖（μ鎖）をコードする領域が一番先頭に位置しています。この遺伝子の配置が、B細胞が成熟していく過程で、最初に作られ、細胞表面に発現する抗体がIgMである理由です。つまり、IgMはB細胞にとって「最初に作られる抗体」なのです。

この「最初」というのは、個々のB細胞の成熟過程だけでなく、生物の発生や進化においても当てはまります。ヒトの胎児は妊娠20週頃から抗体を作り始めますが、その際に最初に産生されるのがIgMです。また、系統発生学的に見ても、脊椎動物が抗体システムを獲得する過程で、最初に発達した抗体クラスがIgMであると考えられています。

医療的な重要性

IgMは、病原体に感染した直後の急性期に、免疫応答の最前線でいち早く産生される抗体です。そのため、血液検査でIgMが検出されることは、現在進行形の感染症にかかっている可能性が高いことを示唆します。感染が収束し、あるいは他の抗体クラス（IgGなど）に移行するとIgMの量は減少しますが、場合によっては慢性感染や再感染の兆候として再び検出されることもあります。

また、IgM抗体は巨大な分子であるため、妊娠中の母体から胎盤を通過して胎児へ移行することができません。この性質を利用して、新生児の血液からIgMが検出された場合、それは母体からの移行抗体ではなく、胎児自身が体内で感染を受けてIgMを産生したことを意味します。これにより、先天性風疹症候群のような、お母さんのお腹の中で赤ちゃんが感染した病気の診断に非常に役立ちます。

これらの生物学的特性、つまり「急性期に最初に現れる」ことと「胎盤を通過しない」ことは、感染症の診断においてIgMが重要なマーカーとされる根拠となっています。

その他

IgMには、「自然抗体」と呼ばれる側面もあります。これは、特定の感染症にかかった経験や、特定の抗原に暴露された記憶がなくても、健康な人の血清中にごく自然に存在するIgM抗体のことです。これらの自然抗体は、特定の抗原、特に多糖体抗原に対して比較的高い親和性を持つことが知られており、例えば赤血球のA抗原やB抗原に対する抗体（いわゆる血液型抗体）もこのIgMの自然抗体に含まれます。これらの自然抗体が、誤った血液型の輸血を受けた際に、輸血された赤血球を凝集させてしまう（血液が固まる）輸血副作用の主な原因となります。

IgMは、その構造、機能、発現のタイミング、そして医療的な重要性において、私たちの免疫システムの中で独自の、そして非常に重要な役割を担っている抗体クラスと言えます。

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