免疫チェックポイント阻害剤

免疫チェックポイント阻害剤（ICI）は、がん治療における革新的なアプローチを提供する薬剤群です。これは、私たちの体が生来持つ免疫細胞、特にT細胞の活動にかけられた「ブレーキ」を解除することで、免疫ががん細胞を認識し、攻撃できるように設計されています。この薬剤の開発には、日本の研究者も大きく貢献しています。

免疫チェックポイントとは

「免疫チェックポイント」とは、免疫細胞が自己の正常な細胞を誤って攻撃しないようにするための、生体が持つ仕組みです。この仕組みは、T細胞の表面などに存在する特定の分子（免疫チェックポイント分子）が、他の細胞表面の分子と結合することで機能します。これらの結合により、T細胞の活動に抑制信号が送られるのです。PD-1やCTLA-4といった分子が代表的な免疫チェックポイント分子として知られており、これらは刺激されることで免疫機能が抑制されるため、「抑制性レセプター」とも呼ばれます。免疫チェックポイントに関わる一連のシステム全体を指して「免疫チェックポイントシステム」と呼ぶこともあります。

作用の仕組み

私たちの体では、T細胞が自己の細胞を攻撃しないよう、まるで鍵と鍵穴のように特定の組み合わせで結合する分子同士の相互作用によって免疫反応が調節されています。T細胞表面のPD-1やCTLA-4などの分子（鍵穴）と、他の細胞表面のPD-L1やCD80などの分子（鍵）が結合することで、T細胞への攻撃抑制信号が伝わり、自己の細胞への攻撃が回避されます。

しかし、がん細胞は自己由来の細胞に似た特徴を持つため、PD-L1などの分子を発現していることがあります。これにより、がん細胞はこの免疫チェックポイントの仕組みを悪用し、T細胞からの攻撃を巧妙に回避してしまいます。

免疫チェックポイント阻害剤は、このT細胞とがん細胞などの間で行われる免疫チェックポイント分子同士の結合を様々な方法で妨げます。例えば、抗PD-1抗体はT細胞のPD-1に結合し、抗PD-L1抗体はがん細胞などのPD-L1に結合することで、両者の結合を阻止します。これにより、T細胞にかかっていたブレーキが解除され、がん細胞を認識し、攻撃できるようになるのです。

副作用（免疫関連有害事象 irAE）

免疫チェックポイント阻害剤は、従来の抗がん剤とは異なる作用機序を持つため、特有の副作用があります。当初は従来の化学療法に比べて副作用が少ないと考えられていましたが、実際にはこれまでの治療では見られなかった「免疫関連有害事象」（irAE）が発生することが明らかになりました。irAEは、免疫抑制が解除された結果、T細胞などが自己の正常な組織や細胞を攻撃してしまう、いわば自己免疫反応に似たメカニズムによって引き起こされると考えられています。

irAEは皮膚、神経系、心臓、肺、肝臓、内分泌腺（甲状腺、下垂体など）、消化管など、全身のあらゆる臓器に影響を及ぼす可能性があります。具体的な症状としては、重度の皮膚障害（中毒性表皮壊死融解症や皮膚粘膜眼症候群）、急性1型糖尿病、間質性肺炎、大腸炎などが報告されています。irAEが発生した場合は、症状に応じてステロイドなどの免疫抑制剤を使用したり、阻害薬の投与を一時中断または中止したりするなどの適切な処置が必要となります。

主な薬剤の種類

2023年3月現在、日本国内で承認されている主な免疫チェックポイント阻害薬には、ターゲットとする分子によっていくつかの種類があります。代表的な薬剤としては以下のものがあります。

抗CTLA-4抗体：
イピリムマブ（商品名：ヤーボイ） - 悪性黒色腫などで使用。
トレメリムマブ（商品名：イジュド） - 他剤との併用で肺がん、肝細胞がんなどで使用。
抗PD-1抗体：
ニボルマブ（商品名：オプジーボ） - 悪性黒色腫を始め、多くの癌種で幅広い適応を持つ。
ペムブロリズマブ（商品名：キイトルーダ） - こちらも多岐にわたる癌種に承認されている。
セミプリマブ（商品名：リブタヨ） - 子宮頸がんなどで使用。
抗PD-L1抗体：
アベルマブ（商品名：バベンチオ） - メルケル細胞がんなどで使用。
アテゾリズマブ（商品名：テセントリク） - 非小細胞肺がん、トリプルネガティブ乳がんなどで使用。
* デュルバルマブ（商品名：イミフィンジ） - 非小細胞肺がん、肝細胞がんなどで使用。

これらの薬剤は、承認後も臨床試験によって有効性が確認された癌種に対し、順次適応が拡大されています。