入鉄炮出女

入鉄砲出女（いりてっぽうにでおんな）とは

「入鉄砲に出女」とは、江戸時代に幕府が定めた交通政策、特に主要な街道に設けられた関所の機能を端的に表す言葉です。これは、江戸の町における平和と安定を維持し、同時に幕府の支配体制を強化するために特に重視された二つの要素——「江戸に持ち込まれる鉄砲などの武器」と「江戸から出る女性」の取り締まりを指します。

政策の背景と目的

江戸幕府は、全国の大名を統制するため、参勤交代制度を導入し、大名の妻子を江戸に住まわせる（江戸留守居）ことを義務付けました。これは事実上の人質であり、大名が謀反を起こすのを抑止する狙いがありました。したがって、江戸から大名の妻女らが勝手に領国へ戻ることは、幕府にとって体制を揺るがしかねない事態だったのです。これが「出女」の厳重な取り締まりが必要とされた理由です。

一方、「入鉄砲」の取り締まりは、江戸という幕府の本拠地への武器の流入を厳しく制限し、反幕府勢力や騒乱の発生を防ぐための措置でした。江戸市中に大量の武器が出回ることは、治安を著しく悪化させる可能性があったからです。

厳格な取り締まりの実態

これらの目的を達成するため、江戸と地方を結ぶ主要な関所では、厳しい通過手続きが課されました。関所を通過する際は、許可証である「手形」の携帯が義務付けられていたのです。

入鉄砲の取り締まり

江戸へ向かう方向で鉄砲などの武器を輸送する際には、幕府の老中が発行する「鉄砲手形」が必要でした。関所に到着すると、提出された手形に押された老中の印鑑が偽物でないか、「判鑑」と呼ばれる印影台帳と照合して厳重に確認されました。さらに、手形に記載された武器の所有者、数、種類、さらには弾薬の量（玉目）、出発地、目的地などが実際の荷物と一致するかどうかも細かく調べられました。特に、武器を隠しやすい構造を持つ長持（ながもち）の検査は念入りに行われたと言います。東海道の新居関所は、この「入鉄砲」に対する監視が特に厳重だったことで知られています。ただし、江戸から地方へ鉄砲を持ち出す際の検査は、入る場合に比べて比較的簡単だったとされています。

栗橋関所（房川渡中田関所）における武器類の輸送に関する規定を示す史料も残されており、老中の裏印がある証文など、複数の異なる経路で許可を得る方法があったことがうかがえます。

出女の取り締まり

江戸から地方へ向かう方向で女性が関所を通過する際には、幕府の留守居役が発行する「女手形」の提出が必須でした。女手形は「御留守居証文」とも呼ばれ、通過する女性の旅の目的、行き先、さらには人相や素性といった詳細が記載されていました。関所の役人は、この手形の留守居役の印鑑を判鑑で確認しました。

中でも箱根関所は「出女」の取り締まりが極めて厳しく、女性の身体的な特徴を専門に調べる「人見女」あるいは「髪改め女」と呼ばれる役人が常駐していました。人見女による検査は非常に細部にわたり、髪の毛の状態、身体的な特徴、ほくろの有無、さらには妊娠の有無まで調べられたと伝えられています。これは、女性が男性に変装して関所をすり抜けようとする可能性も考慮されていたためです。なぜなら、男性の方が通行手形の発行手続きが比較的容易だったからです。もし女性による男装の疑いがあれば、男性に対しても同様の検査が行われたとも言われています。

しかし、全ての場合にこれほど厳格だったわけではありません。伊勢神宮への参拝や温泉での湯治など、特定の目的で旅をする女性に対しては、「書替手形」と呼ばれる特別な手形が発行されることがありました。この書替手形を持つ女性は、事前に幕府によって身元が確認されていると見なされ、関所での手続きが簡略化される例もありました。

関所破りと制度の変遷

これらの厳しい取り締まりにもかかわらず、裏金や賄賂を用いて内密に関所を通過する者も後を絶たなかったと言われています。また、関所での取り締まりに違反する「関所破り」は、幕府に対する重大な反逆行為と見なされ、企てた者や手引きした者には磔などの非常に厳しい刑罰が科されました。

しかし、幕末が近づくにつれて、この制度にも変化が現れます。文久の改革で参勤交代が緩和されると、それに伴って関所での手続きも簡素化され、「女手形」の内容も簡略化されました。さらに慶応3年（1867年）7月には、女性の通行に関する特別な手続き（関所婦人通し方）が廃止されます。そして翌8月には、慶応の改革の一環として、手形を持たずとも関所の通行が許可されるようになり、事実上、関所での厳格な改めは廃止されることとなりました。

入鉄砲出女の取り締まりは、江戸幕府がその支配体制を維持するために用いた重要な手段の一つであり、特に江戸周辺の治安維持と大名統制という二つの側面を象徴する制度でした。しかし、時代の変化と共にその必要性は薄れ、幕府の終焉とともに歴史的な役割を終えたのです。

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