全国高等学校定時制通信制軟式野球大会

大会概要

全国高等学校定時制通信制軟式野球大会（ぜんこくこうとうがっこうていじせいつうしんせいなんしきやきゅうたいかい）は、日本各地の定時制高校および通信制高校に在籍する生徒たちを対象とした軟式野球の全国規模の競技会です。毎年夏に開催され、主な会場は東京都内の野球場、特に明治神宮野球場などが使用されます。「もうひとつの甲子園」あるいは「二つ目の甲子園」とも呼ばれる、定時制・通信制課程の高校生にとって野球の全国の頂点を目指せる貴重な機会となっています。様々な事情を抱えながらも、学業や仕事、家庭生活などと両立させて野球に打ち込む若者たちが集まる大会です。

歴史と沿革

本大会の歴史は、1954年（昭和29年）にわずか6校の参加で始まった第一回大会に遡ります。これは、全国高等学校定時制通信制体育大会の競技種目の中でも最も古い歴史を持つ大会です。

大会創設の背景には、前年である1953年（昭和28年）の出来事があります。当時、定時制独自の全国大会は存在せず、群馬県の藤岡高校定時制野球部が全日制と同じ軟式野球の県予選に参加し優勝しましたが、定時制課程の4年生生徒の出場資格が認められず、二次予選への出場を断念せざるを得ませんでした。この状況に対し、「働きながら学ぶ定時制の生徒たちに青春の喜びと希望を与える場を」と考えた高崎商業高校定時制の教師、須藤喜八郎氏らが中心となり、定時制高校のための独自の大会を企画・推進しました。その結果、昭和28年秋に県内で初めての定時制高校軟式野球大会が開催され、翌昭和29年には1都8県の定時制高校関係者へ呼びかけが行われ、1都4県から集まった6校によって全国大会として産声を上げました。このように、本大会は定時制高校の教員たちの熱意と尽力によって手作りで始まった経緯を持ちます。

当初は定時制高校のみを対象とした大会でしたが、第15回大会に高松高校通信制が初めて参加したことを契機に、定時制と通信制合同の大会として運営されるようになり、第21回大会からは大会名称も正式に「定時制通信制大会」と改められました。参加校数は年度によって変動があり、近年は20校程度での開催が一般的ですが、2008年には過去最多となる45校が出場した記録があります。大会を彩る楽曲として、2004年度からは西浦達雄氏作曲の「新しい風」が大会歌として採用されています。これまでの大会で最も多く優勝しているのは、奈良県の天理高校で、19回の優勝を誇っています。

大会の特徴と出場校

本大会の大きな特徴として、全日制高校の男子硬式・軟式野球大会とは異なり、女子生徒も選手として登録し、試合に出場することが認められています。これは、少人数でチームを編成することが多い定時制・通信制高校の事情に配慮しつつ、多様な生徒に門戸を開く大会の姿勢を示しています。

全国大会への出場校は、地方大会や二次予選を経て選出されます。その年の参加校数によって代表枠の配分は変動しますが、近年では、参加校が多い東京都から予選上位の2校、茨城、千葉、兵庫、埼玉、京都、福岡、大阪、神奈川、北海道、沖縄の各府県からは1校が自動的に出場します。その他の県では、参加校が少ないために複数の県が合同で13の地区を形成し、二次予選を実施して各地区から1校の代表を選出する形式が取られています。これにより、通常は25校程度の出場校となります。

ただし、記念大会として開催される際には、この地区別二次予選がなくなり、一部を除き各都道府県から1校ずつが出場するため、通常の大会の倍に近い約47校が参加する大規模な開催となります。

大会を取り巻く環境

全日制高校野球ほどの広く一般的な知名度はないため、全国大会の観客席はまばらなことが多いのが現状です。しかし、開催地である東京都の代表校や近隣地域の代表校の試合では、観客数が比較的多くなる傾向があり、遠方からの出場校の試合との間には「温度差」が見られます。過去には、連続出場した広島県の師友塾高校（現在は閉校）が、定通大会では珍しい規模の応援団を結成し、熱心な応援を繰り広げた例があります。また、2012年度には東京都代表の八王子拓真高校がブラスバンド部による応援演奏を行い、全日制の大会に似た活気ある応援風景が見られたこともあります（ただし、使用球場の一つである駒沢球場では鳴り物応援は禁止されています）。

メディアでは、かつて児童文学作家の川村たかし氏が「もう一つの甲子園」と題して大会について寄稿したことがあり、それを読んだタレントの萩本欽一氏が自身のテレビ番組『欽どこ』で大会を継続的に取り上げたことで、「もう一つの甲子園」の名とともに全国的な知名度を一時的に高めました。この時期には神宮球場の観客席がほぼ埋まるほどの人気を集めましたが、番組終了後は再び観客数は落ち着きました。しかし、当時の放送をきっかけに現在も大会を観戦しに来る人も少なくありません。近年では、2023年の第70回大会の様子がNHKのドキュメンタリー番組で取り上げられるなど、再び注目される機会が増えています。また、夕方のニュース番組の特番などで、本大会に出場するチームのドキュメンタリーが放送されることも度々あり、仕事や家庭を持つなど多様な背景を持ちながら野球に取り組む選手たちの姿が取り上げられています。

定時制・通信制の高校に所属していても、本大会を主催する連盟ではなく、日本高等学校野球連盟（高野連）に加盟することで、全国高等学校野球選手権大会などの大会に出場することも可能です（ただし、出場選手の年齢や職歴などに一部制限があります）。学校によっては、こうした生徒の多様性を考慮し、本大会を目指す軟式野球部と、高野連加盟の硬式または軟式野球部の両方を設置しているケースも見られます。特に近年は、私立の通信制高校において高野連に加盟する硬式野球部を設け、甲子園出場を果たす学校も出てきています（ただし、他校での登録歴や年齢、職歴に関する制限は同様に適用されます）。かつては、1980年代頃まで、公立の有力校で定時制に在籍する生徒がチームの中心選手として活躍し、甲子園に出場する例も見られましたが、多くの場合、規定により4年生次は公式戦に出場できないという制約がありました。

本大会に参加する定時制・通信制高校の野球部が直面する練習環境は多岐にわたりますが、多くの困難が伴います。定時制高校は夜間開校が一般的なため、部活動に充てられる時間が限られます。全日制と併設されている学校では、日中に全日制が施設を使用するため、定時制の部活動は放課後に1～2時間程度しか確保できないことも珍しくありません。通信制高校も、月に数回のスクーリングが中心であることから練習できる日が限定され、そもそも野球の練習場となるグラウンドを持たない学校も少なくありません。このように、定時制・通信制の練習環境は、全日制と比較して決して恵まれているとは言えません。特に、2011年の東日本大震災後には、首都圏での電力不足に伴う節電の影響で、夜間照明の使用が自粛され、夜間の定時制高校での練習が困難になるなど、活動に大きな影響が出ました。

意義

こうした様々な制約や困難を乗り越え、全国から集まった選手たちが夏の神宮などを目指して繰り広げる熱戦は、多くの人々に感動を与えています。本大会は、単なるスポーツ競技会としてだけでなく、多様な学びの形を選んだ生徒たちの努力と成長、そして青春の輝きを応援する場として、重要な意義を持ち続けています。

全国高等学校定時制通信制軟式野球大会