八木助市

八木助市は、1893年（明治26年）6月24日に広島県で生を受け、日本の社会政策学という学問分野において顕著な業績を残した研究者であり、教育者でもありました。彼はまた、社会活動家としても多岐にわたる分野で活躍しました。

その学究生活の出発点は、1917年（大正6年）に卒業した東京高等商業学校（現在の一橋大学）専攻部貿易科にあります。ここで彼は、著名な経済学者である福田徳三に師事しました。福田は、経済学の理論研究に加え、社会政策や労働問題にも深い関心を寄せた人物であり、八木の後の研究テーマや社会への姿勢に少なからず影響を与えたと考えられます。

大学卒業後、八木は教育・研究の道を歩み始めます。1919年（大正8年）には、日本の実学教育の中心地の一つであった神戸に赴き、神戸高等商業学校の教授に着任しました。神戸高等商業学校は、戦後に神戸経済大学を経て神戸大学経済学部へと発展する歴史を持つ、日本の経済学研究において重要な役割を果たした教育機関です。八木はここで長年にわたり教鞭を執りました。1929年（昭和4年）には神戸商業大学の助教授となり、翌1930年（昭和5年）には同大学の教授に昇任します。戦後、神戸商業大学が神戸大学に包摂され経済学部となっても、彼は引き続き神戸大学の教授として教育・研究活動を続けました。大学では、学部教育や大学院教育を通じて多くの学生を指導する傍ら、大学の運営にも深く関与しました。1950年（昭和25年）には神戸大学学生部長、1954年（昭和29年）には神戸大学評議員といった要職を歴任し、学内の発展と学生の福祉向上に尽力しました。

八木の主要な研究テーマは社会政策学、特にドイツの経済学者であるヨハン・カール・ロードベルトゥス（Johann Karl Rodbertus、1805-1875）の経済思想や社会理論に関するものでした。ロードベルトゥスは、労働価値説に基づき、資本主義社会における貧困や階級対立の原因を分析し、国家による社会改革の必要性を主張した人物です。当時の日本では、ドイツの社会政策学が大きな影響力を持っていましたが、ロードベルトゥスに関する本格的な研究はまだ十分に進んでいませんでした。八木はこのような状況下で、ロードベルトゥスの著作や思想にいち早く着目し、その研究を日本で先駆的に展開しました。彼の研究は、ロードベルトゥスの思想を日本に紹介するだけでなく、その理論的な意義や現代社会における妥当性を考察するものであり、日本の社会政策学の研究に新たな視点をもたらしました。また、教育者としては、彼の指導を受けた学生の中から、社会政策学者の山嵜義三郎など、学界や社会で活躍する人材が育ちました。

1957年（昭和32年）に神戸大学を定年退官した後、八木は神戸大学名誉教授の称号を授与されました。退官後も研究意欲は衰えず、1961年（昭和36年）には神戸大学から経済学博士の学位を取得しています。また、教育活動も継続し、福岡大学で教授として教壇に立つなど、西日本の高等教育機関においてその経験と知識を伝え続けました。

八木は大学における学術活動のみならず、社会の現実問題にも深く関わりました。特に、労働問題や労働運動に対して強い関心を持ち、実践的な活動を展開しました。彼は神戸市従業員組合の委員長や神戸合同労組の書記長を務めるなど、労働組合の組織運営や労働者の権利擁護に直接携わりました。さらに、兵庫県総評の幹事や、労使間の紛争解決や労働条件の決定に関わる兵庫県地方労働委員会の公益委員を務めるなど、より広い視野から労働問題の解決や社会的な公正の実現に向けて尽力しました。これらの活動は、社会政策学という学問を通じて獲得した知見を、実際の社会が抱える課題に応用しようとする彼の強い意志の現れと言えます。

長年にわたる教育、研究、そして多岐にわたる社会貢献に対して、八木助市は高い評価を受けました。1969年（昭和44年）には、日本の学術研究や文化の発展に貢献した人物に贈られる勲章である勲二等瑞宝章を受章しました。これは彼の長年の功績が国家によって正式に認められたことを意味します。1974年（昭和49年）11月3日に逝去した際には、その生涯における功績を称えられ、従三位に叙されました。八木助市の生涯は、社会政策学という学問を深化させるとともに、その知見を活かして現実社会の諸課題、特に労働問題の解決に情熱を注いだものであり、日本の社会政策学の発展とその実践に大きな足跡を残しました。

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