内藤丈草

内藤丈草（ないとう じょうそう）は、寛文2年（1662年）に現在の愛知県犬山市で生まれ、元禄17年（1704年）に43歳で没した江戸時代の俳人です。本名を本常（もとつね）といい、林右衛門とも称しました。丈草、仏幻庵などの号をもち、松尾芭蕉の門人として、蕉門十哲の一人に数えられています。

生い立ちと俳諧への道
丈草は、尾張藩犬山領主である成瀬家の家臣、内藤源左衛門の長男として生まれました。父の源左衛門は、実姉の松寿院が成瀬正虎の愛妾であった縁で成瀬家に仕官しました。丈草は14歳で寺尾直竜に仕えます。直竜は俳諧を好み、不木と号した俳人でした。18歳頃には名古屋へ遊学し、穂積元庵に漢学を学んだとされています。丈草が俳諧の世界へ足を踏み入れたのは、これらの環境が大きく影響していると考えられます。

遁世と芭蕉との出会い
27歳になった貞享5年（1688年）に丈草は遁世しました。その後、玉堂和尚ゆかりの寺院で過ごし、奥の細道の旅から帰った松尾芭蕉と出会います。丈草は芭蕉の才能に深く感銘を受け、師事するようになりました。その才能はすぐに認められ、芭蕉の句集『猿蓑』の跋を執筆するほどの信頼を得るに至ります。元禄6年（1693年）には芭蕉の庵である無名庵に入りますが、翌年には芭蕉が亡くなります。喪が明けた後、丈草は芭蕉が眠る義仲寺のほとりに仏幻庵を結び、大行脚や経塚建立などの活動を行いました。

俳風と代表句
丈草の俳風は、自然をありのままに捉える叙景句、自身の心情を表現した境涯句、そして鋭い観察眼と洒脱な心境から生まれるユーモラスな句の三つの傾向があると言われています。彼の句は、単なる写実にとどまらず、独自の解釈や情感が込められている点が特徴です。

以下に代表句をいくつか挙げます。

連れのあるところへ掃くぞきりぎりす
淋しさの底ぬけてみるみぞれかな
鷹の目の枯野にすわるあらしかな
郭公鳴くや湖水のささにごり
藍壺にきれを失ふ寒さかな
ほととぎす啼くや榎も梅桜
うづくまる 薬缶の下のさむさ哉
幾人かしぐれかけぬく勢田の橋
まじはりは紙子の切を譲りけり
背戸口の入江にのぼる千鳥かな
水底を見て来た貌の小鴨哉
しずかさを數珠もおもはず網代守
一月は我に米かせはちたゝき
ほとゝぎす瀧よりかみのわたりかな
隙明や蚤の出て行耳の穴
京筑紫去年の月とふ僧中間
行秋の四五日弱るすゝき哉
我事と鯲のにげし根芹哉
眞先に見し枝ならんちる櫻
角いれし人をかしらや花の友
大はらや蝶の出てまふ朧月
うかうかと來ては花見の留守居哉
雨乞の雨氣こはがるかり着哉
悔いふ人のとぎれやきりぎりす
芦の穂や貌撫揚る夢ごゝろ
水風呂の下や案山子の身の終
黒みけり沖の時雨の行ところ
榾の火やあかつき方の五六尺
ほとゝぎす啼や湖水のさゝ濁
舟引の道かたよけて月見哉
ぬけがらにならびて死る秋のせみ
借りかけし庵の噂やけふの菊
小夜ちどり庚申まちの舟屋形
あら猫のかけ出す軒や冬の月
思はずの雪見や日枝の前後
鼠ども出立の芋をこかしけり
朝霜や茶湯の後のくすり鍋
下京をめぐりて火燵行脚かな
春雨やぬ出たまゝの夜着の穴
陽炎や塚より外に住むばかり
石経の墨を添へけり初しぐれ
着て立てば夜の衾も無かりけり
蚊帳を出て又障子あり夏の月

これらの句からは、丈草の繊細な感性と、自然や日常生活に対する深い観察力がうかがえます。

作品と後世への影響
丈草は、自身の句集である『寝ころび草』や漢詩集『驢鳴草』、死後編纂された『丈草俳句集』などの作品を残しました。また、没後には『幻九庵』や『鳰法華』、『竜ヶ岡』など、多くの追悼集が編纂されました。

丈草の功績は、俳句の世界に新たな境地を開いたことだけでなく、芭蕉の死後もその精神を継承し、後世の俳人に大きな影響を与えた点にあります。特に、仏幻庵の跡地に建てられた竜が丘俳人墓地は、丈草が中心となり建立された経塚であり、多くの俳人がその志を讃え、集う場所となりました。

関連事項

竜が丘俳人墓地: 芭蕉の追悼のために立てられた経塚で、丈草をはじめとする17名の俳人の塚が並んでいます。
義仲寺: 芭蕉が眠る寺で、丈草が仏幻庵を構えた場所です。
膳所: 丈草が晩年を過ごした場所の一つです。
近江蕉門: 近江における芭蕉の門人グループで、丈草もその一員です。
菅沼曲水、浜田珍夕、河合乙州: 丈草と交流のあった俳人たちです。

内藤丈草は、俳句の世界に独自の足跡を残し、その作品と精神は今もなお、多くの人々に愛され続けています。

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