冨士井金雪

冨士井 金雪

冨士井 金雪（ふじい かねゆき、1943年10月10日 - 1990年6月13日）は、三重県度会郡二見町（現在の伊勢市）出身の元ボクサー、そして高校スポーツ指導者としてその名を知られています。特に、野球経験がないにもかかわらず、三重県立明野高等学校野球部を強豪校に育て上げたことで、異色の指導者として日本の高校野球史に名を刻みました。

若き日々から大学まで

三重県に生まれた冨士井は、中学校を卒業後、地元の神鋼電機に就職し、働きながら定時制の伊勢実業高等学校（現在の三重県立伊勢まなび高等学校）に通学しました。しかし、高校2年時に中退し、ボクサーとしての道を志して名古屋のボクシングジムへ入門します。プロを目指す傍ら、学業への思いも捨てきれず、わずか2年で伊勢実業に復学するという珍しい経歴をたどり、最終的に6年の歳月をかけて高校を卒業しました。その後、国士舘大学に進学。大学ではボクシング部に所属し選手として活躍する一方で、陸上競技部にも籍を置くなど、その身体能力と多才さを示しました。

教育者、そしてボクシング指導者へ

26歳で大学を卒業した冨士井は、教職に就き、三重県内の小学校や中学校で教員として経験を積みました。教育者としてのキャリアを歩み始めた後、1974年には母校である三重県立明野高等学校へ赴任し、同校ボクシング部の監督に就任します。翌年の1975年に地元三重県で開催された国民体育大会では、明野高校の選手を中心に編成されたボクシングの三重県代表チームを率い、見事優勝に導きました。この国体優勝という輝かしい実績は、彼の指導者としての優れた手腕を内外に知らしめることとなりました。

異例の野球部監督就任と「明野の黄金時代」

ボクシング部での指導手腕が高く評価された結果、1978年、冨士井は周囲を驚かせる人事により、明野高校野球部の監督に就任します。これは、彼自身が野球のプレー経験をほとんど持っていなかったため、極めて異例の抜擢でした。しかし、異分野からの転身にもかかわらず、その指導力はすぐに開花します。就任3年目の1980年夏には、三重大会を勝ち抜き、チームを初の甲子園出場へと導く快挙を成し遂げます。この一歩を皮切りに、昭和の時代が終わるまでの約8年間で、春の選抜高等学校野球大会に3回、夏の全国高等学校野球選手権大会に5回出場。合計8回の甲子園出場を果たし、かつて無名だった農業高校を全国に知られる強豪校へと変貌させ、「明野の黄金時代」と称される不動の地位を築き上げました。

甲子園での戦いと育てた選手たち

彼の率いたチームの中でも、特に印象的なのが1986年夏の選手権大会での戦いです。初戦で強豪校として知られた池田高校（徳島）を破る大金星を挙げると、2回戦では甲西高校（滋賀）に10対2と大勝。3回戦では、この大会の優勝候補であった古豪・松山商業（愛媛）と壮絶な打撃戦を展開しましたが、5対8で惜しくも敗れました。しかし、このベスト16という成績は、明野高校野球部にとって甲子園での最高記録となりました。冨士井の熱心な指導の下からは、後にプロ野球選手として活躍することになる大道典良や広沢好輝といった優れた才能が育っています。また、大道とともに明野打線を支えた奥野博之氏も、指導者として折尾愛真高校を甲子園出場に導くなど、彼の教え子の多くが野球界で活躍を続けています。

「ルパン」の愛称と選手集め

冨士井監督は、その独特な風貌と情熱的な指導スタイルから、多くの高校野球ファンに親しまれました。長いもみあげと角刈りの髪型、そして面長の顔立ち。さらに、甲子園の舞台で采配を振るう姿は、熱血漢そのものでした。これらの特徴から、怪盗ルパン三世になぞらえて「ルパン」という愛称で呼ばれるようになりました。明野高校は当時、農業科と家庭科のみを設置するいわゆる農業高校であり、必ずしも全国から優秀な選手が集まるような環境ではありませんでした。しかし、冨士井は小学校・中学校教員時代に培った幅広い人脈を駆使し、熱意を持って選手を集め、チームを強化していったと伝えられています。

晩年の疑惑と悲劇的な最期

輝かしい指導者としてのキャリアを歩む中で、冨士井に突然の影が差します。1990年6月9日、「野球部員の進学や就職、レギュラー起用などを巡り、保護者から金銭を受け取っていた」とする疑惑が浮上し、業務上横領の疑いで三重県警からの任意での事情聴取を受けることになります。この聴取では、銀行口座の資金について厳しく追及され、さらに取り調べ中に膝や胴を蹴られるなどの暴行を受けたとされています。そして、聴取からわずか4日後の6月13日、冨士井は自宅近くにあるゴルフ練習場のネット支柱で、電気コードを用いて首を吊った状態で発見され、46歳という短い生涯を自ら閉じるという悲劇的な結末を迎えました。

野球未経験ながら明野高校を甲子園常連校へと押し上げた異色の名将の、あまりにも突然で衝撃的な死は、当時の高校野球界、そして関係者に大きな衝撃と深い悲しみを与えました。彼の残した功績と、その最期の真相は、今なお多くの人々の記憶に刻まれています。

甲子園での監督成績

春：出場3回、2勝3敗
夏：出場5回、2勝5敗
通算：出場8回、4勝8敗

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関連項目

三重県出身の人物一覧

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