加線

加線（かせん）とは

加線（英語：ledger lineまたはleger line）は、西洋音楽の記譜法において、五線譜の通常定められている範囲よりも高い音や低い音を示すために用いられる補助的な短い線です。五線譜の上下に、五線内の線と同じ間隔で、五線と平行になるように引かれます。音符の符頭に接するように、あるいはそれを横切るように配置され、符頭よりもわずかに長い線を引くのが一般的です。

歴史的背景

加線は、音楽の歴史の比較的早い段階から散見されました。特に、単旋律の定旋律や初期の多声楽曲の写本などにも時折その姿が見られます。しかし、これが広く普及し、記譜法における一般的な要素として定着したのは、16世紀初頭の鍵盤楽器のための音楽が登場してからであるとされています。当時の印刷技術においては、加線を正確に配置することが技術的に難しく、また紙面上の無駄なスペースを増やしたり、楽譜全体の見た目を煩雑にしたりする原因となるため、印刷業者にはあまり好まれませんでした。

こうした背景から、特に声楽の楽譜では、それぞれのパートの音域をできるだけ五線譜内に収めるために、さまざまな異なる音部記号が使い分けられていました。鍵盤楽器の記譜法においても、加線の多用を避けるための一般的な方法として、異なる音部記号を持つ四つの譜表を用いたオープンスコアが用いられることもありました。

楽器や声部における使用と課題

楽器の種類や演奏者によっては、加線の使用が好まれる場合があります。例えば、木管楽器の奏者の中には、特定の運指と五線譜上の位置を関連付けて理解する点から、オクターヴ単位での移調を示す8va記号よりも加線を好む傾向があります。しかし、加線が多用される、特に四本以上の加線が用いられる音符は、楽譜の視認性を著しく低下させ、読譜を困難にするという問題が生じます。

この読譜上の課題を解決するため、作曲家や編曲家はいくつかの手法を用います。

音部記号の変更: 演奏する音域に応じて、一時的に別の音部記号（例えば、低音部記号からテノール記号や高音部記号へ）に変更することで、加線の使用を減らします。
オクターヴ記号（8va）の使用: 楽譜上の音高から1オクターヴ高く、または低く演奏することを示す8va記号を用いることで、高い音や低い音を加線なしで表記します。
* 移調楽器の活用: ピッコロ、コントラバス、ギター、テノールボイスのような移調楽器は、実際に発音される音高とは異なる音高で記譜されます。これらの楽器では、加線の使用を避けるために、しばしばオクターヴ単位で移調を行うことで対処します。

特定の楽器における慣例

一部の楽器には、加線に関する特定の記譜上の慣例が存在します。例えば、チューバ、トロンボーン（特にバス・トロンボーン）、ユーフォニアムといった低音域金管楽器のパートにおいては、低音部譜表の下に加線を付して低い音を記すのが通例であり、8va bassa記号（楽譜上の音高より1オクターヴ低く演奏することを示す記号）は一般的に用いられません。

また、チェロやトロンボーンのように、通常は低音部記号で記譜される楽器が数本の加線を用いて記されるような比較的高い音域を演奏する場合、テノール記号が用いられることがあります。テノール記号で表記可能な範囲を超えるさらに高い音域では、高音部記号が使われます。トロンボーンの場合は、アルト記号が使用されることもあります。

休符における使用

加線は、音符だけでなく休符の配置を示すためにも用いられることがあります。特に、一つの五線譜に複数の声部が記譜されている場合、二分休符や全休符といった休符は、それぞれ担当する声部の位置を示すために五線譜の上下に配置されることがあります。これらの休符の位置を明確にするために、加線が補助的に使用されます。非常に稀な例ですが、倍全休符は、二本の加線の間に吊り下げられる形で表記されることもあります。

このように、加線は五線譜の音域を拡張し、多様な音高を表記するために不可欠な要素ですが、その多用は読譜の妨げとなるため、音部記号の変更やオクターヴ記号といった他の記譜法と組み合わせて、楽譜の可読性を保つ工夫が凝らされています。

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