加藤清正のオランカイ侵攻

加藤清正のオランカイ侵攻（かとうきよまさのオランカイしんこう）は、1593年（文禄2年）の夏に行われた日本の軍事行動です。豊臣秀吉が主導した朝鮮出兵、すなわち文禄・慶長の役が続く中、7月下旬から8月中旬にかけて実行されました。

この侵攻は、肥後国を領していた武将、加藤清正が率いる日本軍が主体となり、当時「オランカイ」と呼ばれ、朝鮮半島北方の満州南部に割拠していた女真族の領域へ兵を進めたものです。主な目的は、女真族の軍事力や地の利を偵察し、その戦力を試すことにありました。

具体的な経緯としては、7月下旬、加藤清正の部隊は朝鮮半島から国境を流れる豆満江（とまんこう）を渡り、満州南部へと侵入しました。彼らはまず、現在の中国吉林省延辺朝鮮族自治州局子街（きょくしがい）付近にあったとみられる女真族の城砦を攻撃目標としました。当時の朝鮮王朝は、しばしば国境地帯で女真族による襲撃に苦しんでおり、その経験から、咸鏡道（ハムギョンド）の朝鮮人兵士およそ3,000人が日本軍の作戦に協力するため、清正軍に加わったとされています。

日本軍は比較的短期間でこの城を攻略し、その周辺に野営地を設営しました。しかし、女真族側も黙っておらず、激しい報復攻撃に直面し、苦戦を強いられることになります。当初は戦術的な優位を保っていたものの、持続的な反撃を受ける中で、日本軍は占領地からの撤退を決断しました。その後、部隊は東方へ転進し、朝鮮半島側の豆満江沿岸に位置する鍾城（チョンソン）、穏城（オンソン）、慶源（キョンウォン）、慶興（キョンフン）といった諸城を次々と攻略・占領していきました。最終的に、部隊は豆満江が日本海に注ぎ込む河口付近の地点、ソスポ（西浦）にまで到達しています。

このオランカイ侵攻には、女真族の戦力偵察という側面に加えて、中国大陸、すなわち明王朝への新たな進攻ルートを探るというもう一つの重要な目的があったと考えられています。加藤清正は、この遠征で得た情報をもとに、豊臣秀吉に対し詳細な報告を行いました。

清正の報告によると、オランカイの支配地は朝鮮の国土のおよそ二倍にも及ぶ広大な面積を有していること、そしてそこから明へ向かうには、さらに広大なモンゴル地域を経由する必要があり、現実的な進攻ルートとしては極めて困難であるという見解が示されました。また、現地の土地はほとんどが畑地で、米のような主食ではなく主に雑穀しか収穫できないため、大軍を維持するための膨大な兵糧米を現地で調達するのは不可能であるとも報告されました。さらに、この地域には日本の守護大名のような統一的かつ強力な支配者がおらず、個々の集落や部族が伊賀や甲賀の忍者集団のように独自の砦を築いて自立しており、まるで一揆が起きているかのように統治体制が混乱している状況が伝えられています。この報告内容は、その後の日本の対女真・対明戦略において、このルートからの本格的な侵攻が見送られる一因となったと考えられます。

加藤清正による満州南部への侵攻は、当時女真族の中で勢力を拡大しつつあった有力な指導者であるヌルハチに警戒感を抱かせました。ヌルハチは、この事態を受けて明王朝と朝鮮王朝に対し、日本軍への対抗のため共同で支援を行うよう申し入れました。しかし、明と朝鮮の双方とも、この申し出を拒否しました。特に朝鮮王朝では、かねてより国境を脅かしてきた北方の女真族を「野蛮人」とみなしており、彼らからの助けを借りることは王朝の威信に関わる不名誉な行為であると考えたため、その支援を断ったと伝えられています。

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