加藤老事件

加藤老事件：62年後の無罪判決 - 歪められた正義の記録

加藤老事件は、1915年（大正4年）に山口県で発生した強盗殺人事件です。この事件は、一人の男が虚偽の供述によって共犯者に仕立て上げられ、62年もの歳月を経て再審無罪を勝ち取るという、日本の司法史に残る冤罪事件として知られています。日本弁護士連合会（日弁連）が長年にわたり支援を続けました。

事件の概要

1915年7月11日、山口県豊浦郡殿居村（現在の下関市）の水田で、炭焼き人夫の男性が全身を刃物で切りつけられて死亡しているのが発見されました。被害者は博打で得た金を隠し持っているという噂があり、自宅は荒らされた形跡がありました。警察は、金銭目的または賭博上の怨恨による犯行と見て捜査を開始。事件当日、被害者と口論していた馬車引きの男Xが浮上し、7月22日に逮捕されました。

当初、Xは自身が従犯であり、主犯は同村の炭焼き人夫夫婦であると供述しました。警察は夫婦を逮捕し、拷問にかけたものの、夫のアリバイが判明し釈放。その後、Xは供述を翻し、主犯は農民の加藤新一であると証言しました。7月25日、窃盗の前科があった加藤が逮捕されました。

加藤は激しい拷問を受けましたが、一貫して容疑を否認。しかし、鑑定の結果、父親の着衣と藁切り包丁から人血が検出されたとされ、Xと共に起訴されました。

不当な裁判と獄中生活

法廷で加藤は無実を訴え続けましたが、1916年、山口地裁と広島控訴院（現在の広島高裁）は2人に無期懲役を言い渡しました。加藤は上告しましたが、大審院（現在の最高裁判所）もこれを棄却。加藤の有罪が確定しました。

Xは1918年に獄死。加藤は模範囚として刑務所で職業訓練を指導し、1930年に仮出所を許されました。

再審への長い道のり

仮出所後、加藤は無罪を証明するために奔走しました。1963年の吉田岩窟王事件の再審無罪判決に触発され、1963年から1974年までに5回にわたり再審請求を行いましたが、全て棄却されました。1972年には日弁連が事件調査に乗り出しましたが、新たな事実の発見が困難であるとして支援を断念しました。

しかし、1975年の白鳥決定を受け、日弁連は支援を再開。物証の再鑑定と精神[[鑑定]]の結果を踏まえ、1976年9月、広島高裁は第6次再審請求を受理し、再審を開始しました。特に、凶器とされた藁切り包丁の再鑑定では、遺体の傷と一致しないという結論が出されました。

無罪判決、そしてその後

1977年7月7日、広島高裁は加藤に対し無罪判決を言い渡しました。事件発生から62年後のことでした。裁判長は、共犯者の供述は信用できず、すべての物証に証拠価値はないと判断しました。

加藤は国家賠償請求訴訟を起こしましたが、その最中の1980年4月29日に89歳で死去。訴訟はその後も続けられましたが、裁判官の過失が否定されるなどして、同年7月15日に請求は棄却されました。

一審証言の不審点

第1次再審請求において、かつて着衣の血痕鑑定を行った医師が一審の証言を否定するという事態が発生しました。医師は、自分が鑑定資料として受け取った布片からは血液の付着様態についての鑑定は不可能であると証言したのです。この証言を受けて、国会で一審の証言が替え玉によるものではないかという指摘がなされました。

しかし、事件に関する裁判記録は大部分が廃棄されており、真相の解明は困難な状況です。

加藤老事件は、冤罪の恐ろしさと、正義を貫くことの難しさを物語る事件として、我々に深い教訓を与えています。

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