勝手に逃げろ/人生

『勝手に逃げろ／人生』(1979)：ゴダールの商業映画復帰作

ジャン＝リュック・ゴダール監督による1979年の映画『勝手に逃げろ／人生』(仏題:Sauve qui peut (la vie))は、ゴダールが1968年以来、12年ぶりに商業映画界に復帰した記念すべき作品として知られています。フランス、オーストリア、西ドイツ、スイスの合作で、スイスのレマン湖畔を舞台に撮影されました。

制作背景：スイス移住と商業映画への回帰

1979年、ゴダールとパートナーであるアンヌ＝マリー・ミエヴィルは、それまで活動拠点としていたフランスのグルノーブルからスイスのレマン湖畔の小さな村、ロールに移住し、工房を構えました。この移住を機に、ゴダールは長年の自主映画制作から商業映画への復帰を決意します。

プロデューサーのアラン・サルドの協力を得て、ゴダールは単独で監督を務める新作の準備を始めました。それが『勝手に逃げろ／人生』です。脚本には、ゴダールとミエヴィルの他に、ピエール・エテックスやルイス・ブニュエル作品などで知られる脚本家ジャン＝クロード・カリエールが参加しました。

キャスト：スター俳優とゴダール作品常連

商業映画復帰作とあって、本作には豪華なキャスト陣が揃っています。主演は、アンドレ・テシネ監督の『ブロンテ姉妹』(1977)でアン・ブロンテを演じたことで知られる人気女優イザベル・ユペール。さらに、ミュージシャンとしても活躍する俳優ジャック・デュトロン、そしてフランソワ・トリュフォー監督作品への出演でも知られるナタリー・バイといった、錚々たる顔ぶれが参加しました。音楽はレバノン出身のミュージシャン、ガブリエル・ヤレドが担当しています。

撮影では、当時若手だったレナート・ベルタがウィリアム・リュプチャンスキーと共に撮影を担当し、劇的なスローモーション撮影を駆使することで、本作に独特の映像美を与えました。このスローモーション撮影は、イギリスでの公開タイトルが『Slow Motion』となったほど、印象的な要素となっています。

製作総指揮は、当時MK2を設立したばかりだったマラン・カルミッツが務めました。彼はゴダールを商業映画の舞台へと引き戻すことに貢献しましたが、本作以降はゴダール作品への関与はありませんでした。一方、アラン・サルドはその後もゴダール作品のプロデュースを継続し、ゴダールとの緊密な関係を築き上げました。

映画の内容：不安と欲望、そして社会への抵抗

『勝手に逃げろ／人生』は、不安と欲望を抱えながら、社会の矛盾に直面する男女の姿を描いた作品です。映画は、音楽の楽章のような構成になっており、大きく分けて「想像界」「恐怖」「取引」「音楽」の四つのパートで構成されています。それぞれのパートでは、登場人物たちの内面や人間関係、そして社会構造への疑問などが複雑に絡み合っています。

例えば、「想像界」では、主人公ポールとドニーズの情熱的な関係と、その後ドニーズが田園へと去る様子が描かれます。「恐怖」では、孤独に怯えるポールの心理が描かれ、「取引」では、イザベルが妹に売春を教える場面が登場します。そして「音楽」では、事故によってポールが死亡し、ドニーズがポールと会うことがないという結末が示されます。

作品データとスタッフ

カラー作品(イーストマン・カラー)、上映時間87分、1:1.37のスタンダードサイズで製作されました。1979年9月から11月にかけて、スイスのジュネーヴ州やヴォー州などを中心にロケが行われました。スタッフには、ゴダールとミエヴィルに加え、レナート・ベルタ、ウィリアム・リュプチャンスキー、ガブリエル・ヤレドといった才能豊かなメンバーが参加しています。製作には、フランス、スイス、ドイツ、オーストリアの複数の映画会社や放送局が関わりました。

そして、ゴダール自身の映画制作体制の変化

同1979年、ゴダールは「JLGフィルム」を設立し、本作のシナリオを基にした短編映画を制作しました。これは、フランス国立映画センターからの助成金獲得のためのプレゼンテーション作品でした。続く作品『パッション』はJLGフィルムとの共同制作となり、『勝手に逃げろ／人生』をもって、ゴダールとミエヴィルの会社「ソニマージュ」での制作活動は事実上終了しました。

『勝手に逃げろ／人生』は、ゴダールの商業映画への回帰、そして映画制作体制の変化という、重要な転換期を象徴する作品として、映画史においても重要な位置を占めています。

もう一度検索