十字架を担うキリスト (ボス、ウィーン)

ヒエロニムス・ボス「十字架を担うキリスト」

初期ネーデルラント絵画の巨匠ヒエロニムス・ボスが、1490年から1500年頃に制作した油彩画『十字架を担うキリスト』は、キリストが十字架を背負い、処刑場へ向かう受難の場面を描いた作品です。この作品は、元々三連祭壇画の左翼パネルの一部でしたが、上部が切断され、現在は独立した作品としてウィーン美術史美術館に所蔵されています。祭壇画の中央パネルと右翼パネルは残念ながら現存していません。

時代背景

15世紀のネーデルラントでは、キリストの受難を描いた作品が非常に人気を博していました。特に「十字架を担うキリスト」の場面は、キリストの苦しみを象徴的に表すものとして、多くの画家が取り上げました。この背景には、エルサレムへの巡礼が流行し、巡礼を模倣した宗教行列が都市で行われていたことが挙げられます。これらの行列は、ハンス・メムリンクの『キリストの受難』のような、物語性のある絵画作品にも影響を与えました。巡礼に行けない人々は、宗教行列に参加したり、絵画を鑑賞したりすることで、キリストの受難を追体験し、信仰心を深めていました。

また、マルティン・ショーンガウアーの版画作品『十字架を担うキリスト』は、この主題の特化と発展に大きな影響を与えたと言われています。ボスの次世代の画家ピーテル・ブリューゲルは、『ゴルゴタの丘への行進』で、この主題をさらに発展させ、より劇的な表現を追求しました。

作品の詳細

ボスの『十字架を担うキリスト』は、上下二層に分かれた構成になっています。上層部では、茨の冠をかぶり、重い十字架を背負ったキリストが、ゴルゴタの丘へと向かう姿が描かれています。その周りには、しかめ面をした兵士や、悪意に満ちた群衆がひしめき合っています。キリストの足元には釘の出た厚板が置かれており、キリストの痛々しい姿が強調されています。この拷問具は、16世紀初頭までオランダの画家によって頻繁に描かれました。

兵士の一人は、不気味なヒキガエルが張り付いた盾を持っており、その後ろの男は、キリストを鞭で打とうとしています。前景には、キリストとともに処刑される二人の盗賊が描かれています。左側の悔い改めない盗賊には赤いマントを着た道化が付きまとい、右側の悔い改めた盗賊は、長く伸びた木の根元で僧侶に罪を告白しています。この場面に僧侶が登場するのは時代錯誤的ですが、ボスは実際の処刑の場面でこの光景を目撃したのかもしれません。

裏面の描写

本作の裏面には、幼いイエスが歩行器を押し、玩具の風車を持つ姿がグリザイユで描かれています。この描写は一見すると親しみやすいものですが、幼子が手にする歩行器と風車は、表面のキリストの姿と相似形を描いており、将来のイエスの運命を暗示していると言われています。この裏面の描写は、ボスの作品に頻繁に見られる、象徴的な意味合いを持たせた表現の一例です。

まとめ

ヒエロニムス・ボスの『十字架を担うキリスト』は、単なる宗教画としてだけでなく、人間の罪深さや苦悩、そして救済への希望を描いた複雑な作品です。ボスの独特な表現と、象徴的な意味合いが込められた本作は、観る者に深い問いを投げかけます。

参考文献

小池寿子『謎解き ヒエロニムス・ボス』、新潮社、2015年刊行 ISBN 978-4-10-602258-6
岡部紘三『図説 ヒエロニムス・ボス 世紀末の奇想の画家』、河出書房新社、2014年刊行 ISBN 978-4-309-76215-9
ヴァルター・ボージング『ヒエロニムス・ボス 天国と地獄の間で』、TASCHEN、2007年刊行 ISBN 978-4-88783-308-1
『ウイーン美術史美術館 絵画』、スカラ・ブックス、1997年　ISBN 3-406-42177-6

外部リンク

* 美術史美術館公式サイト、ヒエロニムス・ボス『十字架を担うキリスト』 (ドイツ語)

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