千田貞暁

千田貞暁：近代広島の礎を築いた男爵

千田貞暁（せんだ さだあき、1836-1908）は、幕末の志士から明治時代の地方行政官、貴族院議員へと転身し、近代日本の発展に貢献した稀有な人物です。薩摩藩士の子として生まれ、戊辰戦争では新政府軍として参加。その後、東京府での勤務を経て、広島県令（のち県知事）に就任します。

広島県令時代と宇品港築港

1880年、千田は広島県令に就任。着任早々、広島市のインフラ整備の遅れと経済停滞を目の当たりにします。特に、太田川の土砂堆積による遠浅の海岸線が、港湾機能の欠如につながっていることに着目。そこで、宇品島（現在の元宇品）への築港を計画します。

この計画は、単なる港湾整備にとどまりませんでした。千田は、オランダ人技師ムルデルの協力を得て、築港と同時に宇品島と広島市街を結ぶ堤防建設、そして干拓事業を一体的に推進。これにより、広島市街地の拡張と経済活性化を目指しました。

しかし、この計画はスムーズに進むわけではありませんでした。地元住民からは、漁場や海苔、牡蠣養殖場を奪われるという激しい反対運動が勃発。千田は住民との粘り強い交渉と雇用対策を講じることで、反対運動を鎮圧することに成功します。

巨費を投じた壮大な事業と左遷

宇品港築港は、当初の試算をはるかに超える巨費を要する大事業となりました。災害や物価高騰などが重なり、工費は膨張の一途を辿ります。千田は私財を投じるなど尽力しましたが、完成間近に政府から「計画の粗漏」を理由に懲戒処分を受け、新潟県知事に左遷されます。この左遷は、宇品港完成の功績が十分に評価されなかったことを示しており、千田の苦悩を物語っています。

再評価と功績

完成した宇品港は、当初は利用率が低く、千田の個人的功名心による無駄な事業との批判もありました。しかし、日清戦争、日露戦争において、広島が重要な軍事拠点、物資集積地として機能したことで、宇品港の重要性が改めて認識されます。千田の先見性は、戦争を通じて証明されたのです。

明治後期以降、宇品港は一般港としても発展し、広島の近代化に大きく貢献しました。千田の功績は死後も高く評価され、男爵を叙爵、広島市会から感謝状が贈られるなど、数々の顕彰がなされています。現在も、宇品地区には千田の功績を偲ばせる施設が多く残っており、近代広島の父として、その名声は語り継がれています。

エピソードとその後

小説家・徳冨蘆花は自伝小説『冨士』の中で、宇品港を「良二千石千田貞暁の築いた港」と称賛。これは、千田の優れた行政手腕と先見性を示すエピソードです。

千田貞暁は、晩年まで貴族院議員として活躍しました。その生涯は、困難を乗り越え、近代日本の発展に貢献した、一地方行政官の波乱に満ちた物語です。彼の功績は、現在の広島の姿に深く刻まれています。

栄典・親族

千田貞暁は、数々の勲章を受賞し、1898年には男爵に叙爵されました。彼の嗣子である千田嘉平は陸軍少将、貴族院男爵議員となり、その家系は日本の近代史に深く関わっています。また、甥には太平洋戦争で戦死した海軍中将・千田貞敏、陸軍中将・千田貞季がいました。

参考文献

『貴族院要覧（丙）』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年
衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年
* 『新編 日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年

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