南アフリカ対イスラエル (ジェノサイド条約)

南アフリカ対イスラエル 国際司法裁判所 訴訟の詳細解説

訴訟の概要

南アフリカがイスラエルのガザ地区における行為を「集団殺害」と訴え、国際司法裁判所（ICJ）に提訴したこの訴訟は、「ガザ地区における集団殺害罪の防止および処罰に関する条約の適用」という正式名称で、2023年12月29日に始まりました。南アフリカは、イスラエルがジェノサイド条約に違反していると主張し、ガザ地区におけるパレスチナ人に対するジェノサイド行為の即時停止を求めました。

この訴訟は、2023年パレスチナ・イスラエル戦争の文脈で起こり、南アフリカはイスラエルの行為がジェノサイド条約に違反すると強く主張しています。訴訟の背景には、75年間のアパルトヘイト、56年間の占領、16年間のガザ地区封鎖といった歴史的な経緯も含まれています。

南アフリカの主張

南アフリカは、イスラエルがガザ地区でパレスチナ人に対してジェノサイドを行っていると主張しています。具体的には、パレスチナ人の殺害、住居の破壊、強制的な避難、食料や水の供給の遮断、医療サービスの破壊などがジェノサイド行為に該当すると訴えています。

また、南アフリカはイスラエル指導者たちの発言を引用し、ジェノサイドの意図を裏付ける証拠としています。例えば、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の「アマレク人のしたことを忘れるな」という発言や、イツハク・ヘルツォグ大統領の「彼らの背骨を折るまで戦う」という発言、ヨアヴ・ガラント国防大臣の「人間の動物と戦っている」という発言などが、パレスチナ人に対する敵意を表明していると主張しています。

南アフリカは、ガザ地区での軍事作戦の即時停止を求める仮保全措置を国際司法裁判所に要請しました。南アフリカの法務チームには、ジョン・ドゥガード、アディラ・ハシム、テンベカ・ングクカイトビなどの著名な法律家が含まれています。

イスラエルの主張

イスラエルは、南アフリカの告発を「根拠がない」と強く否定し、ハマスの「法的機関として機能している」と南アフリカを非難しています。イスラエルは、2023年10月7日のハマスによる攻撃を受けて自衛戦争を行っており、国際法に従って行動していると主張しています。

イスラエルは、民間人への被害を最小限に抑え、人道支援物資の流入を許可する措置を講じていると主張しています。イスラエル政府は、民間人の犠牲者の発生は、ハマスが民間インフラを軍事作戦の隠れ蓑にしているためであると主張しています。

イスラエル側の代理人には、マルコム・ショーやタル・ベッカーなどの法律専門家が名を連ねています。また、アハロン・バラクをアドホック裁判官に任命しました。

国際司法裁判所の判断

2024年1月26日、国際司法裁判所は、南アフリカの要請に基づき、イスラエルに対しジェノサイド条約に違反する可能性のある行為を防止するための措置を講じるよう命じました。しかし、南アフリカが求めたガザ地区での軍事行動の一時停止命令は出しませんでした。裁判所は、南アフリカの主張する行為の一部がジェノサイド条約の規定に該当する可能性があると認めました。

国際司法裁判所は、ガザ地区での人質解放と壊滅的な状況の悪化に対する「重大な懸念」を表明しました。また、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、イスラエルが国際司法裁判所の仮保全措置に従わなかったと指摘しました。2024年3月28日には、国際司法裁判所は、ガザ地区の人々が飢饉に直面している中、イスラエルに対し基本的な食料供給を確保するよう命令しました。

ジェノサイド条約

1948年に国連総会で採択されたジェノサイド条約は、ジェノサイドを「国民的、人種的、民族的、または宗教的集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われた、特定の行為」と定義しています。

ジェノサイドに当たる行為には、集団構成員の殺害、重大な肉体的または精神的危害、集団の破壊を意図した生活条件の付与、出生防止措置、子供の強制移送などが含まれます。ジェノサイドと認定されるためには、被害者が、特定の集団の一員であることを理由に標的にされている必要があります。

訴訟手続き

国際司法裁判所での訴訟手続きは、ジェノサイド条約第9条に基づいて開始されました。この条約では、締約国間の紛争は、いずれかの当事国の要求により国際司法裁判所に付託されると定められています。

国際司法裁判所の事件は、個人の訴追ではなく、国家間の紛争に関するものです。国際刑事裁判所とは直接関係しません。この訴訟は、イスラエルがパレスチナ人に対してジェノサイドを行っているかどうかについて、明確な答えを出す機会とされています。

法学者によれば、南アフリカの仮保全措置の要請は、イスラエルが実際にジェノサイドを行ったかどうかを判断するものではなく、条約に基づくパレスチナ人の権利が侵害されたと「もっともらしい」と判断を求めるものです。

その後の動き

2024年 5月24日、国際司法裁判所は、イスラエルにラファでの軍事作戦を即時停止するよう命令しました。これは、ガザ地区の人道状況がさらに悪化し、「破滅的」になったことを受けての措置です。この命令は法的拘束力がありますが、強制的な執行手段を持たないため、イスラエルが従うかどうかは不透明です。

南アフリカによる追加措置の要請

南アフリカは、イスラエルの攻撃が間近に迫るラファ地域住民の保護を求めて、追加の仮保全措置を要請しました。これに対し、国際司法裁判所は、人道状況の悪化を理由にラファでの軍事作戦の即時停止を命じました。

第三国による訴訟手続への参加

国際司法裁判所の規則に従い、第三国も訴訟手続きに参加することができます。ドイツはイスラエルの立場を支持し、ニカラグア、コロンビア、リビア、メキシコ、スペインなどが南アフリカの立場を支持しています。また、パレスチナも訴訟手続きへの参加を申請しました。

まとめ

南アフリカ対イスラエルの国際司法裁判所訴訟は、国際法における重要な転換点となる可能性があります。ジェノサイドの疑いで国家を訴追する前例が少ない中、この訴訟は、パレスチナ問題だけでなく、国際法の解釈と適用にも影響を与えるでしょう。

今後の裁判所の判断や各国の対応が注目されます。