南泉一文字

南泉一文字

南泉一文字は、鎌倉時代に福岡一文字派の刀工によって作られたとされる日本刀（打刀）であり、その美しい刀身と数々の逸話で知られています。現在は重要文化財として指定され、愛知県名古屋市にある徳川美術館に所蔵されています。

概要

福岡一文字派は、鎌倉時代初期から中期にかけて備前国福岡（現在の岡山県）を中心に繁栄した刀工の一派です。その作風は、焼幅の広い華やかな丁子乱（ちょうじみだれ）の刃文に特徴があります。特に、表裏の刃文がほぼ同一で、食い違いが少ない丁子乱は「一文字丁子乱」と呼ばれ珍重されました。

南泉一文字は、大磨り上げ（おおすりあげ）という、刀の茎（なかご）を短くする加工が施されており、作者を示す銘がありません。しかし、その作風は福岡一文字派の特徴を色濃く示しており、華麗な刃文を持つ優品として知られています。

名前の由来

「南泉一文字」という名前は、18世紀後半に尾張藩主・徳川宗睦（とくがわむねちか）が、この刀に関する調査を家臣に命じた際に由来します。

その由来は、足利将軍家の所蔵時に研磨のため壁に立てかけてあった本作に猫が飛びつき、刀に当たったところ、猫が真っ二つに切れてしまったという逸話にあります。この出来事が、唐の時代の禅僧・南泉普願（なんせんふがん）が、猫を巡って対立する弟子たちを諭すために猫を斬ったという故事「南泉斬猫（なんせんかっとう）」を連想させたため、この名が付けられたとされています。

伝来

南泉一文字は、足利将軍家から豊臣秀吉へと渡り、大坂城の一之刀箱に収められていたと伝えられています。その後、秀吉の息子である秀頼が、徳川家康との二条城会見の際に、家康に献上したという記録が残っています。

家康の死後、遺産分与によって尾張藩初代藩主の徳川義直（とくがわよしなお）の手に渡り、以降は尾張徳川家の所有となりました。ただし、義直から2代将軍である徳川秀忠に献上された後、再び下賜されたという記録も存在しますが、尾張徳川家にはこの献上・下賜の記録は残っていません。

義直は、南泉一文字の切れ味を試すため、家臣に試し斬りをさせたところ、あまりの切れ味に地面まで切ってしまったという逸話も残っています。

尾張徳川家では、藩主の差料（さしりょう）として使用されることが多く、2代藩主の光友（みつとも）や3代藩主の綱誠（つななり）も愛用しました。

明治維新後も尾張徳川家に伝来し、1941年（昭和16年）に重要美術品、1954年（昭和29年）には重要文化財に指定されました。現在の指定名称は「刀 無銘一文字（名物南泉一文字）」となっています。

作風

刀身の長さは約61.5センチメートル、反りは1.8センチメートル。小板目（こいため）という細かく詰まった地鉄（じがね）に、乱映り（みだれうつり）と呼ばれる模様が現れています。刃文は大房の重花丁子（じゅうかちょうじ）で、足や葉といった働きがよく見られ、匂口（においぐち）が深く、潤いのある美しい仕上がりとなっています。

外装

南泉一文字には、梨子地刻小さ刀拵（なしじきざみちいさがたなごしらえ）、蝋色金霰小さ刀拵（ろいろきんあられ - ）、金襴包刀拵（きんらんづつみかたなごしらえ）の3つの拵（こしらえ、刀の外装）が現存しています。このうち、小さ刀拵2点は尾張藩3代藩主・徳川綱誠が作らせたものです。金襴包刀拵については、14代当主の徳川慶勝（よしかつ）が作らせたとする説と、その子である16代当主・徳川義宜（よしのり）の所用とする説があります。

南泉一文字は、その美しい姿と数々の逸話によって、日本の刀剣史における重要な作品として、今もなお多くの人々を魅了し続けています。

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