印象・日の出

クロード・モネ『印象・日の出』：印象派の夜明けを告げた一枚

1872年（諸説あり）、クロード・モネによって描かれた『印象・日の出』（フランス語: Impression, soleil levant）は、美術史において極めて重要な位置を占める作品です。その名のとおり、印象派という画家の新たな潮流を生み出した、まさにその出発点となった絵画だからです。

ル・アーヴルの港の情景

モネ自身は、この作品について「ル・アーヴルの部屋の窓から、霧の中の太陽と、そびえ立つマストを前景に描いた」と語っています。フランス北西部の港町ル・アーヴル、その穏やかな情景が、柔らかな筆致で表現されています。画面には、朝日に照らされた水面、港に停泊する船のマスト、そして水門など、港の様々な要素が捉えられています。特に、画面右側に描かれたア・ブラと呼ばれる土を掘り出すための回転クレーンや、ミ＝マレ船渠に停泊する船のマストは、当時のル・アーヴル港の近代化工事の様子を反映していると言えるでしょう。1872年当時、この船渠は完成したばかりでした。画面左側の煙突は、船渠の水を排水する施設を示しています。さらに、画面中央に描かれているトランザトランティク水門が開いていることから、この絵は満潮時の様子を描いていることが分かります。

制作年をめぐる謎

絵画には「Claude Monet 72」とサインがありますが、モネが1872年にル・アーヴルを訪れた記録がないことから、このサインは誤記ではないかと考えられてきました。長らく1873年制作説が有力でしたが、2014年、マルモッタン美術館はテキサス州立大学の天文学者らと共同で詳細な調査を実施しました。太陽の位置、潮位、天候などを当時の記録と照合した結果、「1872年11月13日7時35分頃」に描かれた可能性が高いという結論が導き出されました。

主題：日の出か、日の入りか？

初期の競売カタログには「印象・日の入り」と記載されていたことから、日の入りを描いたとする説もありました。しかし、マルモッタン美術館の研究により、描かれた方角や、モネの滞在ホテル、水門や太陽の位置などの情報から、日の出を描いたものであることが確定しました。

画法：伝統を覆す革新

モネの画法は、伝統的な風景画とは大きく異なります。従来の風景画では水平線を画面の下部に置くのが一般的でしたが、モネは水平線を上部に配置することで、光が反射する水面を大きく捉えています。細部を簡略化し、全体的なバランスを重視するモネ独自の表現方法です。また、大胆な色彩と平面的な筆致、そして厚塗りの筆さばきによる簡略化された波模様などが特徴です。

印象派の誕生と『印象・日の出』

1874年、最初の印象派展で発表された『印象・日の出』。評論家のルイ・ルロワは、この作品タイトルを見て風刺新聞で展覧会を「印象主義の展覧会」と評しました。この軽蔑的な言葉が、皮肉にも「印象派」という名称の始まりとなりました。

波乱万丈の来歴

その後、『印象・日の出』は、エルネスト・オシュデのコレクションを経て、競売にかけられ、ルーマニアの貴族ジョルジュ・ド・ベリオの手へと渡りました。その後も、様々なコレクターや美術館を巡り、時には盗難に遭うなど、波乱万丈な歴史を歩んできました。1940年にマルモッタン美術館が所蔵するようになり、現在に至っています。長らく注目されることはありませんでしたが、ジョン・リヴォルドの著作『印象派の歴史』が『印象・日の出』を印象派の原点として紹介したことで、世界的に再評価されることになりました。

結論

『印象・日の出』は、単なる絵画を超えた存在です。印象派という画家の新しい潮流を生み出し、近代絵画史に大きな影響を与えた、まさに歴史的にも重要な作品なのです。その制作過程や来歴、そして絵画に込められたモネの革新的な表現方法を知ることで、この作品の魅力はさらに深まるでしょう。

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