受胎告知 (ティツィアーノ、サン・ロッコ大同信会)

作品概要

ティツィアーノの『受胎告知』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する作品です。この絵画は、大天使ガブリエルが聖母マリアに神の子を宿すことを告げるという、新約聖書の重要な場面を描いています。ティツィアーノは、大理石の欄干と石柱が連なる開放的な建築空間を舞台に、この神聖な出来事を描き出しました。

画面左側から、ガブリエルが雲を伴って舞い降り、聖母マリアに受胎を告げています。ガブリエルは古典的な衣装を身につけ、その頭上には白い鳩の姿をした聖霊が描かれています。聖霊から発せられる光線が、ガブリエルとマリアの間を照らしています。

一方、マリアは書見台の前で跪き、腕を組み、視線を下に落としています。彼女のそばには、アカアシイワシャコ、林檎、裁縫かごが置かれており、これらはそれぞれ象徴的な意味を持っています。背景には、ティツィアーノの故郷を思わせる緑豊かな風景が広がっています。

構図と象徴性

構図は非常にシンプルで、画面の両端にガブリエルとマリアを配置し、建築物と遠景を背景としています。この配置は、主要な登場人物を際立たせる効果をもたらしています。

書見台のそばに置かれた静物は、それぞれが象徴的な意味を持っています。林檎はアダムとイヴの禁断の果実を表し、聖母マリアが「新しいイブ」としての役割を果たすことを暗示しています。アカアシイワシャコは、中世以降、キリストの受肉を象徴すると考えられてきました。裁縫かごは、聖母が神殿の新しいカーテンを紡ぐ姿を表し、初期のビザンチン美術にルーツを持つ図像です。

来歴

この作品は、1555年に弁論家・法律家であるメリオ・ダ・コルトーナによってサン・ロッコ大同信会に遺贈されました。当初、サラ・デッラルベルゴの間で飾られ、その後、階段のアーチの上に設置されました。第一次世界大戦中には安全のため撤去されましたが、後に元の場所に戻されました。

後世への影響

この作品は、ドイツの抽象画家ゲルハルト・リヒターに影響を与えたことでも知られています。リヒターは1972年にサン・ロッコ大同信会を訪れ、この絵画に感銘を受けました。翌年、彼はティツィアーノの『受胎告知』に基づいて5点の作品を制作しました。リヒターの作品は、ティツィアーノの構図を踏襲しながらも、独自のスタイルで表現されており、美術史における重要な模倣作品の一つとされています。

2018年には、「ティツィアーノ/ゲルハルト・リヒター 地上の天国」展が開催され、ティツィアーノのオリジナルとリヒターによる模倣作品が展示されました。

修復

2018年の展覧会に先立ち、科学的な調査と控えめな修復が行われました。これにより、絵画の表面が変色したワニスで覆われていること、古い修復の上塗りが変色していることが判明しました。本格的な修復は2021年に行われ、本来の色彩が蘇り、人物や風景の奥行きが回復しました。

この作品は、ルネサンス美術の傑作であるだけでなく、後世の芸術家にも影響を与え続けている重要な作品です。その構図、象徴性、そして歴史的な背景は、今なお多くの人々を魅了しています。

もう一度検索