口宣

口宣（くぜん）の概要

口宣とは、平安時代後期から用いられるようになった非公式な公文書書式で、天皇の命令を口頭で受けた職事蔵人によって文書化され、太政官の上卿に伝えられるために使用されました。この形式は宣旨と多くの共通点があるものの、書式には異なる特徴も見られました。

歴史的背景

弘仁元年（810年）に発生した薬子の変を契機に、蔵人所が新設されました。それまで、天皇からの勅旨は後宮の内侍を通じて伝達されていましたが、次第に蔵人所の職事がその役割を担うようになりました。職事蔵人は太政官の陣座に出向き、上卿に対して天皇の命令を口頭で伝えました。この口頭での伝達を「仰詞」と称し、その過程から「口宣」という呼称も生まれました。

しかし、上卿が常に太政官にいるわけではなく、臨時的な勅旨が発出されることも考えられました。この結果、実際に伝達される命令が天皇の勅旨と食い違う恐れが生じ、文書に記載する必要が生まれたのです。最初は記録としての性格が強かったものの、次第に口宣は公式な文書としての役割を担うことになりました。

口宣の書式と内容

口宣は、最初の行に日付を書き、その下に「宣旨」という二文字を記して内容を書き始めます。最後の行には、命令を受けた蔵人の位署と小さく「奉」という文字を付記します。この形式は11世紀末には確立され、初期の口宣では宣旨との区別が未明でした。用紙については、蔵人が迅速に対応できるように、製造が簡便である再生紙を使うことが一般的でした。

また、院政を行う上皇や法皇が命令を発する際にも、この口宣が使用されました。これは、律令で定められた正式な統治機関が天皇及び太政官であるため、法的根拠を欠く命令を口宣という非公式な形式で発する必要があったからです。

口宣と口宣案

口宣案（くぜんあん）は、もともとは口宣の下書きとして位置付けられていましたが、次第に太政官を経由せず直接に受任者へと内容が伝達される役割を担うようになりました。従って、口宣は天皇の意思を宣下して太政官へ伝える機能を持ち、口宣案は受任者に直接命令を伝えるためのものと機能が異なります。

鎌倉時代には、治天の君が迅速に人事決定を伝える必要から、口宣の作成後に口宣案が作成され、これを受任者に渡すという形態が一般化しました。この変化に伴い、口宣案は重要な文書となっていきました。口宣案は、渡される際に「口宣案」の銘を付け、その上卿の氏名も記載されることが求められるようになりました。

書式の変遷

時代が進むにつれて、口宣案は公文書の形式により近づいていきました。南北朝時代には書体が変化し、江戸時代には更に太政官発給文書の書式として定着しました。これにより、口宣案は単なる覚書から、正式な文書としての機能を果たすようになりました。

口宣や口宣案の発展は、平安時代から江戸時代に至る政治や行政の変化を反映した重要な歴史的過程であり、非公式な公文書書式が制度の変化をどのように支えたかを示しています。

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