合成酵素

合成酵素（ごうせいこうそ）

「合成酵素」という用語は、生化学の分野において、特定の化学反応を触媒する酵素の一群を指すために用いられます。しかし、特に日本における酵素の呼称においては、この言葉が厳密には異なる機能を持つ二つの主要な酵素グループ、すなわちリアーゼとリガーゼの一部または全体を指す可能性があり、注意が必要です。

リアーゼ（脱離酵素）の一部

酵素の国際分類であるEC番号体系において、第4群に分類される酵素は「リアーゼ」と呼ばれます。これらの酵素は、加水分解（水の付加を伴う分解）や酸化・還元反応を伴わずに、基質から特定の原子団を脱離させ、その結果として基質に二重結合を形成させたり、既存の二重結合を開裂させたりする反応を触媒します。例えば、特定の分子から水（H₂O）、二酸化炭素（CO₂）、アンモニア（NH₃）といった小さな分子を脱離させる反応がこれに含まれます。興味深い点として、リアーゼによって触媒される反応の多くは可逆的であり、脱離反応の逆反応として、二重結合に原子団を付加して単結合を形成する「合成」的な側面を持つ反応も触媒し得ます。そのため、日本においては、このEC4群に属するリアーゼの一部が慣習的に「合成酵素」と呼ばれることがあります。

しかしながら、日本生化学会においては、リアーゼに対しては「脱離酵素」という呼称が正式に用いられています。また、リアーゼによる触媒反応は、一般的にATPなどのエネルギー供給を直接的に必要としません。基質自身の内部エネルギーや構造変化を利用して反応を進行させることが多いという特徴があります。

リガーゼ（合成酵素）

一方、EC番号体系の第6群に分類される酵素は「リガーゼ」と呼ばれます。リガーゼは、二つの異なる分子を連結させ、新たな共有結合を形成する反応を触媒します。例えば、核酸鎖の断片を繋ぎ合わせるDNAリガーゼや、タンパク質合成においてアミノ酸とtRNAを結合させるアミノアシルtRNA合成酵素などがこのグループに含まれます。これらの結合形成反応は、多くの場合、エネルギー的に不利な反応であるため、リガーゼによる触媒には通常、ATPやその他の高エネルギーリン酸化合物の加水分解によって供給されるエネルギーが必要となります。ATPがAMPとピロリン酸に分解されたり、ADPとリン酸に分解されたりする際に放出されるエネルギーを利用して、新しい結合の形成を駆動します。

日本生化学会におけるリガーゼの正式な呼称は、「合成酵素」です。このことから、本来、「合成酵素」という言葉は、ATPなどのエネルギーを用いて二つの分子を結合させる機能を持つリガーゼを指すために定められた呼称であると考えられます。

用語の使い分けと混乱

このように、「合成酵素」という同じ言葉が、日本においてはEC4群の一部（リアーゼ、脱離酵素）とEC6群全体（リガーゼ、合成酵素）の両方を指しうる状況が存在します。これは、リアーゼの一部が触媒する反応の可逆性からくる合成的な側面と、リガーゼが分子連結による明確な「合成」を行う機能に由来していると考えられます。

特に学術論文や専門的な議論においては、混乱を避けるため、EC番号や「リアーゼ」「リガーゼ」「脱離酵素」といった、より厳密な分類に基づく呼称を用いることが望ましいでしょう。「合成酵素」という言葉を使用する際は、文脈からそれがリアーゼの一部を指しているのか、それともリガーゼ全体を指しているのかを判断するか、あるいは補足的な説明を加えることが重要となります。

両グループを区別する上で、ATPなどのエネルギーを利用するかどうかが重要な手がかりとなります。エネルギーを必要とせずに分子から原子団を脱離させたり二重結合を形成したりするのがリアーゼ（脱離酵素）の一部としての「合成酵素」、エネルギーを消費して二つの分子を連結させるのがリガーゼ（合成酵素）である、と理解することができます。

結論として、日本における「合成酵素」という呼称は、その使用において文脈による注意が必要な、二重の意味合いを持つ可能性がある用語と言えます。

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