名和敏光

中国思想史を専門とする名和敏光氏は、1962年に神奈川県に生まれました。現在、山梨県立大学国際政策学部の准教授として教鞭をとる傍ら、中国の山東大学教授を兼任し、さらに京都大学人文科学研究所では特定の拠点研究班の班長を務めるなど、日中の学術交流の架け橋としても重要な役割を担っています。

研究者としての道は、二松學舍大学大学院文学研究科で中国学を深く学び、博士後期課程を単位取得満期退学したことから始まりました。これまでに、東京大学をはじめ、山梨大学、國學院大學、日本大学、跡見学園女子大学、大東文化大学、山梨英和大学など、数多くの大学で非常勤講師を務め、後進の指導にもあたってきました。

名和氏の研究の中心は、新たに発見される中国の「出土資料」を用いた思想史の再構築です。特に、戦国時代から秦漢時代にかけての墳墓などから見つかる竹簡や帛書（絹に書かれた文書）などの文献を綿密に読み解くことで、当時の人々の世界観や日常生活に根差した思想、特に現代では「術数」や「迷信」と捉えられがちな「陰陽五行」や「日書」といった知識体系の実態を明らかにしようとしています。馬王堆漢墓から出土した帛書『陰陽五行』甲乙篇の複雑な内容の復元や解釈は、その代表的な取り組みの一つです。また、江戸時代の著名な漢学者、中井履軒が『史記』に施した詳細な注釈書である『史記雕題』の翻刻作業にも従事しており、古い文献の正確な伝承と研究基盤の整備にも貢献しています。

中国における古典籍の保存・流通状況にも深く通じており、その知識は学術界に留まらず、広く注目されています。例えば、2010年には東京の古典籍市場に出品された宋時代の貴重な書籍について、NHKの取材を受けるなど、その専門性は多方面から評価されています。

学術界での活動も活発で、中国出土資料学会では理事（かつて会長も務める）として学会運営に携わり、日本道教学会理事、日本漢字学会評議員としても、それぞれの分野の発展に貢献しています。これらの活動を通じて、関連分野の研究者とのネットワークを構築し、共同研究を積極的に推進しています。

名和氏が参加・代表を務めた研究プロジェクトは多岐にわたります。科学研究費助成事業（科研費）を中心に、古代東アジア世界の漢字文化圏における地域性、中国の方術理論の起源、戦国秦漢期の新出土資料の多角的研究、年号に関する資料の整理・研究、中国古代の陰陽五行思想の形成、そして前近代東アジアにおける術数文化の形成・伝播といったテーマで、複数回の大型研究プロジェクトに参画、あるいは自身が代表者として推進してきました。公益財団法人からの助成を受け、『天地瑞祥志』を中心とした東アジア思想・文化の総合的研究を行ったことも特筆されます。

これらの研究成果は、多くの著作として発表されています。単著は少ないものの、『菊を採る東籬の下』、『漢帝国の遺産』、『前近代東アジアにおける〈術数文化〉』、『東アジア思想・文化の基層構造』、『年号と東アジア』など、共著や編著として多数の書籍に携わっています。これらの著作は、出土資料研究、術数学、陰陽五行、年号、漢字文化、書道、中国語教育といった幅広い分野を網羅しており、名和氏の研究の多角性と深さを示しています。また、『全訳漢辞海』や『日本古典籍書誌学辞典』といった基礎的な学術ツールの項目執筆も行っており、研究成果の社会への還元にも努めています。

なお、名和氏は、東洋史学の分野で著名な研究者である東北大学名誉教授の小川陽一氏を伯父に持っています。

名和敏光氏の研究は、新出土資料という第一級の史料を手がかりに、古代東アジアの人々がどのように世界を認識し、日々を過ごしていたのかという根源的な問いに迫るものです。特に、従来の文献史料だけでは見えにくかった陰陽五行や術数といった知のあり方を、具体的な資料に基づいて詳細に分析することで、東アジア思想史研究に新たな視点を提供しています。その活発な研究活動と幅広い貢献は、関連分野の研究者にとって大きな刺激となっています。

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