呉竹 (駆逐艦)

日本海軍駆逐艦 呉竹

「呉竹（くれたけ）」は、かつて大日本帝国海軍が運用した駆逐艦であり、同型艦五隻からなる若竹型駆逐艦の二番艦としてその名を刻んでいます。その建造は、大正時代後期の海軍軍備計画に基づき進められ、神戸に位置する株式会社川崎造船所において行われました。

本艦は1922年（大正11年）10月に無事進水しましたが、当初は「第四駆逐艦」という仮称で呼ばれていました。この時期は、まだ日本の艦艇命名法が過渡期にあり、番号による仮称が付与されることが一般的だったためです。同年12月21日に全ての工程を終え、正式に竣工しました。

その後の海軍の艦名付与規則の変更に伴い、呉竹は二度にわたる改称を経験します。1924年（大正13年）4月1日には、「第四号駆逐艦」と改めて命名されました。そして、1928年（昭和3年）8月1日、遂に植物名由来の固有艦名「呉竹」が付与され、この名の下に様々な任務に従事することになります。これは、当時の日本海軍が駆逐艦の命名を番号から自然物、特に植物や気象現象などに変更していった流れに沿うものでした。

平時における呉竹の活動として特筆されるのは、海難事故における救助活動です。1932年（昭和7年）12月5日、駆逐艦「早蕨（さわらび）」が暴風雨により台湾沖で沈没するという痛ましい事故が発生しました。呉竹は直ちに現場海域へ急行し、過酷な状況下で早蕨の生存者捜索と救助活動にあたりました。これは、軍艦が果たすべき人命救助という重要な側面を示す出来事でした。

1941年（昭和16年）12月に太平洋戦争が開戦を迎えた時、呉竹は海軍の主要な拠点の一つである呉鎮守府に所属していました。大戦が始まると、その主任務は南方戦域、特に戦略的要衝であるシンガポール周辺海域における船団護衛となりました。これは、日本の戦争遂行に不可欠な石油やゴムなどの資源、そして兵員や軍需物資を南方から本土や前線へ安全に輸送するための極めて危険かつ重要な任務でした。当時の南方航路は、連合国軍、特にアメリカ海軍の潜水艦による激しい攻撃に常に晒されており、護衛艦艇は絶えず警戒を怠ることはできませんでした。

呉竹は、このような厳しい環境下でも奮戦しました。1943年（昭和18年）11月13日、護衛任務中にアメリカ海軍の潜水艦「トリガー」（USS Trigger, SS-237）を探知しました。呉竹は即座に攻撃態勢に移り、爆雷による対潜攻撃を実施。この攻撃により、トリガーは損傷を負ったと記録されています。これは、船団の安全確保に貢献した呉竹の notable な戦果の一つと言えるでしょう。

しかし、戦局は次第に日本海軍にとって不利なものとなっていき、多くの艦艇が失われていきました。呉竹もまた、その歴史の終焉を迎えます。1944年（昭和19年）12月30日、フィリピンと台湾の間に位置するバシー海峡を航行中、アメリカ海軍の潜水艦「レザーバック」（USS Razorback, SS-394）による魚雷攻撃を受けました。回避する間もなく魚雷が命中し、呉竹は沈没しました。この最後の戦闘において、艦長として指揮を執っていた吉田宗雄少佐を含む、多くの乗組員が犠牲となりました。沈没地点は、バシー海峡の厳しい海域でした。

呉竹には、その就役から沈没までの約22年間の間に、多数の歴代艦長が着任しました。初代艤装員長および艦長を務めた佐野哲少佐から始まり、最終時の吉田宗雄少佐に至るまで、計20名を超える士官がその指揮を執っています。彼らはそれぞれの任期において、艦の維持管理、練度向上、そして割り当てられた任務の遂行に尽力しました。特に戦時下においては、常に危険と隣り合わせの状況で、艦と乗組員の命を守る責務を担っていました。

また、呉竹の最期は、日本の国民的漫画家・絵本作家であるやなせたかし氏の人生とも深く関わっています。やなせ氏の最愛の弟である柳瀬千尋海軍少尉が、呉竹の乗組員であり、本艦の沈没時に戦死しました。この悲劇は、やなせ氏のその後の創作活動、特に「アンパンマン」に込められた「正義とは何か」「何のために生きるのか」といったテーマに少なからぬ影響を与えたと言われています。

駆逐艦「呉竹」の艦歴は、大正から昭和にかけての日本海軍の変遷、平時の任務、そして太平洋戦争という未曽有の大戦における船団護衛という過酷な任務、そして最終的な喪失という、多くの側面を映し出しています。その短いながらも波乱に富んだ生涯は、日本の近代史における一つの証として記憶されるべきでしょう。

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