呪禁師

呪禁師（じゅごんし）は、古代日本において、道教の思想や技術体系に深く影響を受けて成立した専門官です。彼らの主な役割は、病気の原因と考えられていた邪悪な気（邪気）を呪術的な手法を用いて体から祓い去る治療行為や、女性が安全に子供を出産できるよう祈願・支援することでした。これらの呪術は「呪禁」と呼ばれ、病気や出産といった人々の生命に関わる重要な場面で頼りにされていました。

日本における呪術の歴史は古くからありますが、呪禁師という専門職が確立される以前には、仏教の祈祷と区別されずに用いられることもあったようです。例えば、『日本書紀』の敏達天皇紀にはそのような記述も見られます。しかし、律令制度が整備される中で、呪禁は国家によって公的に認められ、制度の一部として組み込まれていきます。特に、『日本書紀』の持統天皇5年（西暦691年）の条には、呪禁が国家の儀礼や医療に関連する記述が見られ、これが専門職としての呪禁師の導入を示す最初期の例とされています。

律令制度下において、呪禁は医療体系の中で一定の地位を占めました。病気治療や安産を達成するために不可欠な技術と見なされ、これを専門とする呪禁師が置かれました。その中で最も優れた者は、呪禁博士として一名が任命されました。呪禁博士には、後進の指導・育成という重要な責務があり、彼のもとで呪禁生として六名が学び、実務にあたっていました。これは、呪禁の技術を後世に伝え、国家運営に必要な知識・技能として維持しようとする意図があったことを示しています。当時の人々にとって、科学的な医療が未発達な時代において、呪術や祈祷は現実的な治療法や精神的な支えとして機能していたのです。

しかし、呪禁師の存在は長くは続きませんでした。その衰退にはいくつかの要因が挙げられます。一つは、厭魅蠱毒（えんみこどく）と呼ばれる、他人を呪い殺したり、不幸に陥れたりするような禁断の呪術に関連する事件が相次いで発生したことです。これらの事件によって、呪禁という行為そのものが社会的に危険視されるようになります。もう一つの大きな要因は、陰陽道（おんみょうどう）の台頭です。陰陽道もまた道教の思想や呪術を取り入れていましたが、天文、暦、方位など、より幅広い分野に関わる学問・技術体系として発展しました。国家における役割も拡大していった陰陽道が隆盛するにつれて、呪禁師の専門とする分野は相対的に重要性を失っていきました。これらの要因が複合的に作用した結果、呪禁師の制度は8世紀の終わり頃にはその実質的な機能をほとんど失い、9世紀を迎える頃には律令制度の中から完全に消滅したと考えられています。このように、呪禁師は古代日本の医療・呪術の一端を担いましたが、時代の変化と共にその役割を終えた専門官でした。

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