因幡志

『因幡志』について

『因幡志』は、江戸時代中期に編纂された因幡国（現在の鳥取県東部）に関する地誌史料です。成立期は寛政7年（1795年）とされていますが、実際に世に出ることはなく、その後も内容の加筆が行われました。この地誌は『因幡民談記』と並び、近世の因幡国に関する重要な資料とされています。

編者とその背景

『因幡志』の編者は阿陪恭庵（あべきょうあん）で、享保19年（1734年）から文化5年（1808年）にかけて生きた人物です。彼は医師を志し、米子の二人の医者の下で学びながら、儒学や朱子学を学びました。後に京都に出て学問や文学に傾倒し、天明6年（1786年）には鳥取藩の近習医となります。

恭庵は、当時の藩医である小泉友賢による『因幡民談記』の増補を目指し、長年にわたって藩内を巡り、資料収集に取り組みました。彼はその調査のために多大な労力を費やし、時には生活が困窮する事があったと伝えられています。

構成と特徴

『因幡志』は現存する写本が複数ありますが、各写本の間には違いが見られます。一例として、因幡国一宮の宇倍神社に伝わる全86巻のものがありますが、これが原本かどうかは定かではありません。また、鳥取県立図書館に所蔵されている47巻本の写本もあり、その第1巻には明治19年に原本から作成されたことが記されています。

西橋蔵書版を基準にした巻の構成は多岐にわたっており、当時の郷村の戸数や産物、交通などの詳細が詳述されています。特に、『因幡民談記』では国守に関する記述が中心であったのに対し、『因幡志』は地理的記述に重点が置かれるという特徴があります。明治以降には「因伯叢書」として刊行され、その後復刻版も発行されましたが、内容に脱漏や校訂の不備が指摘されています。

成立時期の考察

『因幡志』は一般的に寛政7年に成立したとされるものの、実際にはその時点で発表されることはなかったと推測されています。著作物には、享和2年（1802年）や文化2年（1804年）に制作された図絵が含まれており、1795年以降も加筆が続けられていたことが認められます。ただし、当初の目録に記された「歴史考」は20巻とされているものの、実際に存在するのは3巻の村上天皇までで、阿陪恭庵が全てを書き上げる前に亡くなったと考えられています。

その評価と影響

恭庵は「臆断せず」を信条とし、長年にわたり資料を収集し、実際に足を運んで現地調査を繰り返しました。その結果、因幡国の地理について詳述された『因幡志』は、江戸時代の因幡の理解において『因幡民談記』と双璧をなす重要な資料として評価されています。しかし、岡嶋正義は文政12年（1829年）に著した『鳥府志』で、恭庵の業績を認めつつ「憶度私見の説少なからず」と評価しました。

『因幡志』は、古き良き因幡国の姿を知るための歴史的な資料であり、また当時の人々の視点で描かれた貴重な記録でもあります。それゆえに、現代においても多くの研究者にとって欠かせない存在であり、さらなる研究が望まれています。

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