坂田藤十郎 (初代)

初代坂田藤十郎は、江戸時代を代表する歌舞伎役者として、上方歌舞伎の礎を築いた一人です。正保4年(1647年)に京都で生まれ、宝永6年(1709年)に没しました。俳号は冬貞、車漣、定紋は丸に外丸です。

その生涯は、華麗で波瀾に満ちたものでした。京の座元の子として生まれ、延宝4年(1676年)に京都万太夫座で初舞台を踏みます。そして、延宝6年(1678年)の上演作品『夕霧名残の正月』で演じた伊左衛門は、大当たり。生涯に18回も演じるほどの当たり役となり、「夕霧に芸たちのぼる坂田かな」と謳われるほどの人気役となりました。この役は、後の歌舞伎作品にも多大な影響を与えました。

その後、京都、大阪を拠点に活躍し、近松門左衛門と組んで数々の作品を世に送り出しました。『傾城仏の原』『けいせい壬生大念仏』『仏母摩耶山開帳』など、遊里を舞台にした恋愛をテーマとする傾城買い狂言を確立した功績は、歌舞伎史に燦然と輝きます。

「難波津のさくや此花の都とにて傾城買の名人」「舞台にによつと出給ふより、やあ太夫さまお出じゃったと、見物のぐんじゅどよめく有さま、一世や二世ではござるまい」という当時の評判からも、その圧倒的な人気ぶりが伺えます。元禄8年(1695年)には都万太夫座の座元にも就任し、歌舞伎界での地位を不動のものにしました。宝永5年(1708年)に『夕霧』を最後に舞台を去り、翌年、生涯を閉じました。

藤十郎の芸風は、写実性を追求したものでした。金子吉左衛門の芸談集『耳塵集』には、「誉められむと思はば、見物を忘れ、狂言は真のやうに満足に致したるがよし」という藤十郎自身の言葉が記されています。これは、役になりきり、観客を忘れ、演じることに没頭することが大切であるという彼の信念を示すものです。しかし、それは徹底的な写実性というよりは、観客に訴求する視覚的な効果も重視したものでした。『夕霧』での伊左衛門の履物にこだわった逸話などがその一例です。

ただし、時代物や踊りには不向きで、『松風村雨束帯鑑』での演技は不評だったと伝えられています。しかし、話術には長けており、特に女性を口説く場面は絶品だったようです。『傾城仏の原』で演じた梅永文蔵の場面では、冗長な演技に客席から苦情が出たものの、その反省を生かし、さらにゆっくりと演じたことで大成功を収めました。この経験から、「見物を笑わせるつもりで演じたのがいけなかった。逢州の心情を理解することが大切だったのだ」と芸の極意を語っています。

藤十郎は後進の指導にも熱心でした。後輩が彼の芸を真似て成功したと報告しても、安易な満足を許さず、常に研鑽を怠らないよう厳しくも温かい言葉をかけました。このように、芸に対する真摯な姿勢は、後世の役者たちに大きな影響を与え、彼の名は今もなお歌舞伎界に語り継がれています。

初代坂田藤十郎は、その類まれな才能と努力によって、歌舞伎史に大きな足跡を残した名優でした。近松門左衛門とのコラボレーションによる作品群、独自の演技論、そして後進への指導など、様々な側面から、歌舞伎界に多大な貢献を果たした彼の生涯は、現代においても学ぶべき点が多く、今後の歌舞伎の発展においても重要な役割を担うものと言えるでしょう。菊池寛の小説『藤十郎の恋』を原作とする映画化作品も存在し、彼の名は今なお人々の記憶に深く刻まれています。

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