夜の第三部分

『夜の第三部分』：歴史の不条理を描くアンジェイ・ズラウスキーの傑作

ポーランド映画界において、独特の強烈な作家性で知られるアンジェイ・ズラウスキー監督の長編デビュー作として、1971年に公開された『夜の第三部分』（原題：Trzecia część nocy）は、公開当時から大きな注目を集めた作品です。

この映画は、第二次世界大戦中のナチス・ドイツ占領下のポーランドを舞台に、一人の男が経験する個人的な悲劇と、それに続く悪夢のような現実を描くことで、国家や歴史が内包する根源的な不条理を抉り出しています。

物語の主人公は、ナチス軍によって妻子を無残に殺害されたミハウです。絶望の淵に立たされた彼は、生きるため、そして現実から逃れるかのように、占領下のワルシャワでシラミ駆除という非人間的な仕事に就きます。その過程で、彼は亡き妻と瓜二つの女性マルタと出会い、複雑な感情を抱きながらも関わりを深めます。彼の周囲で起こる出来事はしばしば現実離れしており、主人公の精神状態や時代の混乱を映し出すかのように、現実と幻影の境界線を曖昧にしていきます。映画は、主人公ミハウの視点を通して、個人的な苦悩と時代の暴力が織りなす不気味な世界を映し出します。シラミ駆除という行為は、人間性が剥奪される状況の象徴であり、そこで彼が目撃し体験することは、ポーランドが経験した抑圧と苦痛の歴史そのものを寓話的に表現していると言えるでしょう。

本作は、当時30歳を迎える直前のアンジェイ・ズラウスキー監督が初めて長編映画の監督を務めた記念碑的な作品です。脚本は、監督自身が作家である父、ミロスワフ・ズラウスキーと共同で執筆しました。物語の着想は、父ミロスワフが第二次世界大戦中に実際にポーランドで経験した出来事、特にシラミ駆除に従事したという特異な体験に基づいています。この実体験が、映画に独特のリアリティと同時に、不安や混乱を掻き立てるような悪夢的な雰囲気を付与しています。親子の共同作業によって生まれた脚本と、ズラウスキー監督ならではの視覚的なセンスが融合し、他に類を見ない強烈な作品世界が構築されています。

主要な登場人物を演じるのは、主人公ミハウ役にレシェック・テレシンスキー、亡き妻に瓜二つのマルタ役にマウゴジャータ・ブラウネック、そして物語に影を落とすヤン役にヤン・ノヴィツキです。彼らの鬼気迫る演技は、登場人物たちが置かれた過酷な状況における心理的な葛藤や混乱を見事に描き出しています。

『夜の第三部分』は、その革新的で大胆な表現方法によって、公開当初から高い評価を受けました。1972年にはポーランドの権威ある新人監督賞であるアンジェイ・ムンク賞をズラウスキー監督が受賞し、翌1973年にはコシャーリン映画祭でグランプリを獲得するなど、その芸術性と先駆性が認められました。この成功が、その後のアンジェイ・ズラウスキー監督の国際的な活躍の礎を築いたと言えるでしょう。

歴史の重圧、人間の内面に潜む闇、そして抗いがたい不条理を、幻視的な映像美と容赦ないリアリズムで描き出した『夜の第三部分』は、観る者に強烈な印象を残す作品です。主人公ミハウの辿る運命は、ポーランドが経験した悲劇的な歴史の寓話として、深い省察を促します。人間の存在そのものに問いかけるこの作品は、公開から半世紀以上を経てもなお、その力を失うことなく、多くの映画ファンによって語り継がれています。

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