夜長姫と耳男

坂口安吾『夜長姫と耳男』詳細解説

『夜長姫と耳男』は、坂口安吾が昭和27年に発表した短編小説です。飛騨の匠の弟子である耳男と、長者の娘・夜長姫を中心に、独特な世界観と物語が展開されます。本作品は、安吾の古代史への関心や芸術観、恋愛観が反映された作品として、多くの研究者や読者に読み解かれてきました。

あらすじ

物語の舞台は飛騨の国。兎のように長い耳を持つ青年・耳男は、飛騨随一の匠の弟子でした。師匠の推薦で夜長の里の長者の元へ赴いた耳男は、長者の娘・夜長姫に出会います。姫は、名高い匠たちに自分のための護身仏を彫らせようとしていました。

しかし、耳男は姫に容姿を馬鹿にされたことで逆上し、護身仏の代わりに恐ろしい化け物の像を彫ることを決意します。他の匠たちとの酒宴で、耳男は機織りの奴隷娘・江奈古にも侮辱されます。江奈古は耳男の左耳を切り落とし、姫はそれを無邪気に笑います。

耳男は、3年の間、長者の蔵の裏に小屋を建てて化け物の像を彫り続けました。完成した像を気に入った姫は、小屋を焼き払い、耳男に江奈古の服を仕立て直した服を着るように命じます。耳男は姫に殺されることを恐れ、姫の笑顔を像として刻ませて欲しいと願い出ます。

姫の笑顔を刻んだ弥勒像の制作中、村に疱瘡が流行し、多くの死者が出ます。姫は耳男の化け物像を門前に据えさせ、人々は像を信仰するようになります。しかし、新たな病が流行し、姫は耳男に蛇を捕まえてくるように命じます。耳男は姫が村人の死を願っていることに気づき、ついに姫を殺害します。

作品の背景

『夜長姫と耳男』の成立には、安吾の飛騨地方への関心が深く関わっています。安吾は、作品執筆の前年に飛騨・高山へ取材旅行に出かけ、随筆「飛騨・高山の抹殺」を執筆しました。この随筆では、古代日本史において飛騨の地が無視されていること、そして、飛騨の匠たちが作者としての名を持たなかったからこそ優れた仏像を彫ることができたのだ、という安吾の考察が述べられています。

文体と構造

本作は、昔話や童話のような説話体で書かれており、耳男の一人称で物語が進行します。物語全体は、異なった話を合体させたかのような趣があり、耳をそぎ落とされたり、蛇の血を飲むといった猟奇的な描写も含まれています。

安吾の他の説話的作品としては、『桜の森の満開の下』や『紫大納言』が知られています。これらの作品は、一組の男女を中心に描かれていること、男から女への意識のみが描かれること、男が現実の住人であるのに対し女が「異界」の存在であることなど、共通点が多く見られます。

解釈

『夜長姫と耳男』は、芸術家の覚悟、安吾の女性観や恋愛観、神話との関連性など、様々な視点から解釈されてきました。

芸術家の覚悟という点では、耳男が化け物の像を彫る過程が「芸術による自己超越」の道として解釈され、姫を刺す直前に見る青空が、安吾の言う「文学のふるさと」と同義であるとされています。また、姫の最期の言葉「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ」は、安吾の芸術観や恋愛観を表していると解釈されています。

神話との関連性という点では、夜長姫が死んだ江奈古の着物を耳男に着せている点が、「着せる女」と「着せられる男」の神話的物語を倒立させたものとして解釈されています。夜長姫は「異界」の存在として描かれ、彼女たちは「着せる」ことによって耳男の「闇の世界」への同化を図ろうとしているとされています。

評価

『夜長姫と耳男』は、発表当初から様々な評価を受けましたが、現在では『桜の森の満開の下』とともに安吾文学の最高峰の一つとして評価されています。安吾の幻想作家としての才能が鮮烈に印象付けられた作品として、多くの読者に愛されています。

まとめ

『夜長姫と耳男』は、飛騨の風土を舞台に、人間の心の奥底に潜む狂気や愛憎を描いた、坂口安吾の傑作短編小説です。独特な世界観と物語は、読む者に深い感動と問いを与え続けています。

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