大井康暢

大井康暢（おおい こうよう）は、1929年8月21日に静岡県に生まれた日本の詩人です。本名は康暢（やすのぶ）と読みました。

若年期には旧制時代に海軍経理学校に合格する優秀さを示しましたが、時代は移り変わり、戦後、日本大学文学部英文科で英文学を修めました。大学卒業後は、教育者としての道に進み、まず東京都内の私立高校で教壇に立ち、その後、故郷である静岡県に戻り、県内の公立中学校で長年にわたり教鞭をとりました。多忙な教職生活の傍らでも、大井氏は文学への情熱を失わず、詩作、文学評論、さらには小説執筆など、幅広い分野で創作活動を続けました。

詩人としてのキャリアにおいて、大井康暢の中心的な活動拠点となったのは、自身が主宰した詩誌『岩礁』です。この詩誌を舞台に、自身の詩を発表し続けるとともに、多くの若い才能を見出し、育成に努めました。その活動は高く評価され、静岡県詩人会の会長、静岡県芸術祭の選者といった、地元の文学界における重要な役職を歴任しました。これらの活動を通じて、大井氏は静岡県の詩壇の発展に大きく貢献し、地域における現代詩の普及と振興に尽力しました。

大井康暢の文学的業績は、その多岐にわたる著作によって示されています。生涯を通じて、数多くの詩集を世に送り出しました。初期の代表的な詩集としては『滅びゆくもの』（1983年）が挙げられ、その後も『現代』（1997年）、『沈黙』（1998年）、『虚無の海』（2000年、2008年）、『遠く呼ぶ声』（2009年）、『象さんのお耳』（2011年）など、コンスタントに作品を発表し続けました。また、『大井康暢詩集』や『新編大井康暢詩集』として、自身の詩業をまとめた選集も複数刊行されています。

詩作のみならず、詩論や文学評論においても精力的に活動しました。特に、日本の戦後詩の動向を深く考察した『戦後詩の歴史的運命について 詩論集』（1985年）や、評論集『芸術と政治、そして人間』（1991年）、詩人中原中也に関する論考をまとめた『中原中也論』（1998年）、そして地元の詩史に光を当てた『黒田三郎の死 静岡県詩史の片隅から』（2002年）といった著書は、その批評眼の鋭さを示すものです。さらに、『本郷追分物語』（1998年）のような小説も執筆しており、その表現活動の幅広さが伺えます。

晩年には、長年の文学活動の集大成とも言える著作集と全詩集が刊行されました。2009年から2011年にかけて、沖積舎から『大井康暢著作集』が全6巻として出版されました。この著作集には、『戦後詩の歴史的運命について』（第1巻）、『定型論争と岩礁の周辺』（第3巻）、『静岡県詩史』（第5巻）など、彼の主要な詩論や評論、論考が体系的に収められています。また、2011年にはコールサック社より『大井康暢全詩集』が刊行され、その生涯にわたる詩業の全てが網羅されました。

大井康暢は、2012年5月6日に82歳で逝去しました。教育者として多くの生徒を教え導く一方、詩誌『岩礁』主宰として後進の育成に尽力し、静岡県詩人会会長として地域詩壇の発展に貢献しました。その多岐にわたる創作活動と評論活動は、日本の現代詩史において確かな足跡を残しています。

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