大西洋の壁

大西洋の壁

大西洋の壁（Atlantikwall）は、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが連合国軍の侵攻を防ぐためにヨーロッパの西部海岸に設けた防衛線です。その全長は2685kmに及び、イギリス本土からの攻撃に備えて構築されました。

背景と戦略

防衛線の設計と構築は、ナチス・ドイツの軍需相であるフリッツ・トートが率いるトート機関によって行われました。数多くの労働者が動員され、特にドーバー海峡に面するベルギーとフランスの海岸で防御施設の建設に従事しましたが、資材不足により進捗は遅々としていました。さらに、当時の西方総軍の総司令官であったゲルト・フォン・ルントシュテット陸軍元帥は、この防衛線の構築が無意味であるとの見解を持っていたという意見もあります。

1944年の初め、エルヴィン・ロンメル陸軍元帥が壁の防御強化の任にあたりました。ロンメルは現状の防衛線が不十分であることを指摘し、すぐにその強化に取り掛かりました。彼は連合軍の侵攻を水際で食い止めなければドイツが敗北するとの信念を持ち、コンクリート製のトーチカを海岸沿いに設置しました。これには機銃や対戦車砲、軽野砲が備え付けられ、特に海岸部には地雷原や障害物が多数配置され、連合軍の上陸作戦を阻止するための防衛が行われたのです。

防衛構造と実施

ドイツ軍は連合軍上陸前までにフランス北部に600万個もの地雷を敷設しました。ロンメルはその数をさらに増やす必要があると考えていました。そのほかにも、パラシュート部隊やグライダー部隊が降下する際の障害となるように「ロンメルのアスパラガス」と呼ばれる特殊な杭や鉄柱を設置しました。これらの設備は、連合軍が地上に降り立つ前に損害をもたらす意図がありました。また、河口部の氾濫や沼地の拡大によって降下隊に対する障害を増やす試みも行われました。

陸軍の支援として、未完成のH級戦艦の16インチ砲を転用した沿岸防御砲も設置されましたが、これらは代わりにノルウェーに配置されたため、実際にフランスに設置されたものは僅かでした。この戦略は、連合軍がノルウェーでの上陸作戦を計画しているとの偽情報に基づいており、ドイツ軍はこの誤解に引っかかったと言われています。

完成度とその後

大西洋の壁は1942年から1944年にかけて、フランス・スペイン国境からノルウェーまでの地域にわたって構築されましたが、最終的にはその全容が完成することはありませんでした。多くのトーチカや防衛施設は現在でもシュヴェニンゲンやハーグ、ノルマンディーに残されていますが、戦後はその多くが埋もれたり、爆破処理されたりしました。

特にチャンネル諸島への防衛は強化され、ヒトラーはこの地域への資源の分配を命じました。連合軍はこれらの島々の攻略を避け、ノルマンディー上陸後も解放を目指しませんでした。そのため、チャンネル諸島のドイツ守備隊は1945年5月9日、全軍降伏の翌日まで活動を続けました。オルダニー島の守備隊はさらに5月16日まで降伏しなかったのです。

大西洋の壁は、歴史的に非常に重要な防衛戦略であり、戦後その痕跡が今もなお多くの地域に残っています。

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