天下一家の会事件

天下一家の会事件とは

天下一家の会事件は、内村健一が主宰した大規模なネズミ講事件です。表向きは第一相互経済研究所が主催していましたが、実質的には内村個人の事業として運営されていました。この事件は、その規模の大きさから社会問題となり、多くの人々に影響を与えました。

ネズミ講の仕組み

天下一家の会のネズミ講は、様々なバリエーションがありましたが、ここでは「親しき友の会」を例に仕組みを解説します。

1. 会員登録と送金: 会員（仮にAさん）は、本部が指定する5代上位の会員に1,000円を送金します。また、本部に入会金として1,028円を支払います。
2. 新規会員の勧誘: Aさんは、4人の新しい会員（子会員）を勧誘し、入会させます。
3. 連鎖的な勧誘: 子会員も同様に4人の新しい会員（孫会員）を勧誘します。Aさんから見ると、16人（4の2乗）の孫会員が存在することになります。
4. 配当の仕組み: この連鎖が5代下位まで続くと、Aさんの5代下位には1,024人（4の5乗）の会員が存在します。彼らから1人あたり1,000円ずつ送金されると、Aさんは合計1,024,000円の配当を受け取ることになります。

しかし、これはあくまで理論上の話です。実際には、会員が理屈通りに増えることはありません。また、仮に理論通りに増えたとしても、人口には限りがあるため、いずれ新規会員の勧誘は不可能になります。

天下一家の会は、「相互経済協力会」や「交通安全マイハウス友の会」など、他にも様々な名目でネズミ講を運営していました。中には、交通事故死などの際に保険金が支払われる共済的な性質を持つものもありました。しかし、いずれのネズミ講も、最終的には破綻を免れませんでした。

このネズミ講には、著名な人物も参加していました。その一人に、内村の従軍時代の上官であった零戦搭乗員の坂井三郎がおり、彼は広告塔としても利用されていました。

天下一家の会の略史

1967年: 内村健一が熊本県上益城郡甲佐町で天下一家の会（第一相互経済研究所）を設立し、「親しき友の会」などの名目でネズミ講を開始。
1970年代: 配当を受け取れない会員や、勧誘をめぐるトラブルが多発し、社会問題化。
1971年: 熊本国税局が内村を所得税法違反の疑いで告発。
1972年: 内村が脱税容疑で逮捕、起訴される。その後も、「花の輪」や「洗心協力会」といったネズミ講を継続。元会員らが内村に入会金の返還を求めて提訴。
1973年: 内村が財団法人「天下一家の会」と宗教法人「大観宮」を設立。天下一家の会の利益を大観宮に移し、大観宮は映画製作にも乗り出す。
1977年: 長野地裁が内村に入会金の返還を命じる判決を下す。
1978年: 内村に懲役3年執行猶予3年、罰金7億円の判決。無限連鎖講の防止に関する法律が制定。
1979年: 無限連鎖講の防止に関する法律が施行。
1980年: 内村が参議院議員選挙に立候補するも落選。破産宣告を受ける。
1983年: 内村の有罪が確定し、収監される。
1995年: 内村が糖尿病により死去。
2005年: 破産手続きが終結。

主宰者・内村健一について

内村健一は、1925年に熊本県で生まれました。彼は戦後、飲食店で売春婦を斡旋するなどの事業を行っていました。また、傷害や暴行、詐欺、職業安定法違反、横領などの前科もありました。その後、第一生命保険の外交員として成功を収め、妻には遊郭を経営させていました。入院中に、保険外交員のシステムや頼母子講から着想を得て、天下一家の会を設立しました。

内村は、天下一家の会を宗教団体として宣伝し、批判をかわそうとしました。しかし、裁判所は、天下一家の会が内村によって個人的に管理・運営されていると認定し、脱税で有罪判決を下しました。

内村に対する刑事罰について

内村は脱税で有罪判決を受けましたが、詐欺罪や出資法違反では罪に問われていません。これは、ネズミ講が会員の努力次第で収入を得られる可能性があり、欺罔の故意が認められにくいことや、入会金が出資金や預かり金として扱われなかったことが理由です。また、無限連鎖講の防止に関する法律は、事件発生後に制定されたため、遡及処罰禁止の原則により適用されませんでした。

会員の収益状況

1972年、国税庁は会員の所得税申告状況を発表しました。それによると、課税対象となる会員の割合はわずか3.6%であり、ほとんどの会員は十分な収入を得られていなかったことがわかります。

参考文献

神山敏雄『新版 日本の経済犯罪-その実状と法的対応』
（ワ）第32号入会金等返還請求事件（長野地裁 昭和52年3月30日 判決）『判例時報 849号』pp.33-48

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