天使が消えていく

『天使が消えていく』

夏樹静子によって書かれた長編推理小説、およびそれを原作とするテレビドラマ作品。重い病気を抱える幼い娘を取り巻く女性新聞記者と母親の間に生じる対立を主軸に、それぞれの視点から交互に進行する物語が、やがて一つの事件へと収斂していく構成が特徴です。

発表と文学賞

本作は、第15回江戸川乱歩賞において最終候補作に選ばれました。受賞は森村誠一氏の『高層の死角』となりましたが、選考委員たちがその完成度を高く評価し、「このまま埋もれさせるのは惜しい」との一致した意見から、受賞作以外としては異例の単行本刊行が実現しました。また、日本推理作家協会賞でも最終候補に残るなど、著者の初期における重要な作品として位置づけられています。

物語のあらすじ

婦人会機関紙『婦人文化』で働く記者、砂見亜紀子は、取材のために訪れた病院で、重い心臓病を患う生後間もない赤ちゃん、神崎ゆみ子と出会います。その愛らしい姿に心を奪われた亜紀子は、ゆみ子のために記事を執筆。記事の効果もあり、匿名の人物からの高額な寄付によってゆみ子の手術が可能となります。

手術当日、亜紀子は病院へ駆けつけますが、ゆみ子の母親である志保の姿はありませんでした。心配した亜紀子が志保の自宅を訪れると、志保は手術を実現させた亜紀子に感謝するどころか、「手術に興味はない」「帰れ！」と激しく拒絶します。この出来事以来、亜紀子は志保の人間性に強い不信感を抱くようになります。

退院後、ゆみ子と二人暮らしを始めた志保。亜紀子は志保の冷淡な態度にもかかわらず、ゆみ子のことが気になり定期的に様子を見に通います。しかし、ゆみ子が母親に精一杯愛情を示そうとする一方で、志保の態度は変わらず、亜紀子にはその光景が不憫でなりませんでした。ある日、亜紀子は志保の家から、男にすがる志保の声と、「うるさい子だねぇ！」とゆみ子を罵倒する声を耳にします。以前志保がゆみ子を「産みたくて産んだわけじゃない」と語っていたことから、その男がゆみ子の実父ではないかと疑いますが、詳細は不明です。

その後も、志保が小さな包丁を持つ姿を目撃したり、保険外交員から志保がゆみ子に生命保険をかけようとしているという話を聞いたりし、亜紀子の志保への不信感は募る一方です。そんなある夜、亜紀子は志保から突然の電話を受けます。「ゆみ子が殺される！あんたにもらった人形……消えてしまう……」。亜紀子が駆けつけると、部屋は密室状態。志保は薬で意識を失い、「ゆみ子をお願いします」というメモを残していました。ゆみ子は無事でしたが、そばにあった人形のペンダントには、以前は「アン」と書かれていたはずが「メアリー」と記されていました。志保はそのまま亡くなり、ゆみ子は志保の母親に引き取られることになります。

一方、博多署の刑事である巽志郎は、管内で発生したホテルでの殺人事件や、そのホテル社長の変死事件を追っていました。捜査の中で、重要参考人のアリバイ証言者がバーのホステス、後藤ユミ（志保の源氏名）であることを突き止めます。志保の自殺を知った巽は、彼女の死と自身が追う事件との関連性を探り始めます。

亜紀子は志保の死の真相に苦悩し続けます。志保が自殺したとは信じきれず、以前目撃した男に殺されたのではないかと疑い、独自に調査を開始します。二人の女性の視点から始まった物語は、やがて一つの大きな事件へと繋がっていくのです。

主な登場人物（一部）

砂見 亜紀子：『婦人文化』記者。過去の経験から子供への愛情が強い。ゆみ子のために奔走する中で、事件の真相に迫る。
神崎 志保：ゆみ子の母親。夜はバーで働いている。娘への愛情が見られず、謎が多い人物。
神崎 ゆみ子：心室中隔欠損を患う赤ちゃん。物語の中心となる存在。
巽 志郎：博多署の刑事。担当事件と志保の死の関連を探る、穏やかだが芯の強い人物。

その他、亜紀子の同僚記者、ゆみ子の担当医、様々な事件関係者が登場します。

書評・評価

詩人の郷原宏氏は、本作を「夏樹静子のすべてが凝縮された処女作」と評し、著者がこの作品を原点として成熟し続けていると述べています。また、書評家の藤田香織氏は、幼少期に本作に触れた衝撃的な体験を語り、大人になってからの再読で、「重層的で胸に迫る結末」や「四半世紀経っても色褪せない表現」といった魅力を再発見したと記しています。

書籍情報

単行本：講談社、1970年4月
文庫：講談社文庫、1975年6月15日
文庫：光文社文庫、1999年4月20日（解説：郷原宏）

テレビドラマ化

本作はこれまでに複数回テレビドラマ化されています。

1973年：日本テレビ「土曜日の女シリーズ」（全6回）。主演は日色ともゑ、太地喜和子。
1978年：テレビ朝日「土曜ワイド劇場」にて「女弁護士 朝吹里矢子 天使の証言」として放送。主演は十朱幸代。
1982年：読売テレビ制作・日本テレビ系列「木曜ゴールデンドラマ」にて放送。主演は和泉雅子、秋吉久美子。
* 2010年：朝日放送制作・テレビ朝日系列「土曜ワイド劇場」にて、夏樹静子作家生活40周年記念作として放送。主演は賀来千香子。

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