天使のいる聖家族 (レンブラント)

レンブラント・ファン・レイン「天使のいる聖家族」：静謐な光と影の交響曲

レンブラント・ファン・レインが1645年に描いた油彩画「天使のいる聖家族」(De Heilige Familie met engelen)は、聖家族を描いた作品の中でも特に知られています。現在、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されているこの絵画は、宗教画としての崇高さと、同時に人間味あふれる親密な家庭風景が共存する、オランダ黄金時代の巨匠らしい魅力に満ちた作品です。

絵画の内容: 画面の中央には、低い椅子に座り大きな本を手にした聖母マリアが描かれています。彼女は、赤い毛皮で裏打ちされたブランケットに包まれた幼児イエス・キリストが眠るゆりかごに、愛情深く目を細めて見入っています。マリアの身につけている鮮やかな赤いガウンと紺色のスカート、そして白いハンカチが、画面に温かい色調を添えています。背景では、茶色の作業服を着た聖ヨセフが斧を手に木を加工しており、静かに作業に集中している様子がうかがえます。画面左上には、天使たちが翼を広げ、舞い降りる様子が描かれており、聖なる雰囲気をさらに高めています。

レンブラントの表現技法: この絵画で際立つのは、レンブラントの卓越した明暗表現です。光と影の巧みな使い分けによって、聖家族の日常生活の一場面が、まるで神聖な光に包まれたかのような神秘的な雰囲気を醸し出しています。特に、聖母マリアと幼児イエス・キリスト、そして天使たちを照らす光は、単なる物理的な光ではなく、生命や愛、知恵といった精神的な要素をも象徴しているように見えます。

モデルと背景: 聖母マリアの顔立ちは、レンブラントの愛人であったヘンドリッキエ・ストッフェルスに似ていると指摘されています。これは、レンブラントが自身の身近な人物をモデルに用いて、作品に現実味と人間味を与えようとしたことを示唆しています。また、聖家族が暮らす空間は、当時のオランダの一般的な家庭を思わせるものであり、宗教画でありながら、庶民的な生活の細部まで丁寧に描き込まれている点も注目に値します。

作品に込められた意味: 妻サスキアとの死別後、レンブラントにとって聖家族は失われた理想の家庭の象徴であった可能性があります。この絵画は、穏やかで平和な家庭の情景を描写するだけでなく、宗教的な主題と人間的な感情を絶妙に融合させ、見る者に深い感動を与えてくれます。天使の存在は、この家庭に神聖な祝福が降り注いでいることを暗示し、画面全体の調和に重要な役割を果たしています。

来歴: この絵画は、18世紀初頭にフランスの美術コレクター、ピエール・クロザのコレクションに含まれていました。その後、エカチェリーナ2世によって購入され、エルミタージュ美術館に収蔵されることとなりました。その過程で、いくつかの異なる所有者の手に渡ったこと、そして当初は「キリストの降誕」とされていたことなど、興味深い歴史を持っています。

習作: 聖母マリアの頭部のみを描いた習作が、ニューヨークのライデン・コレクションに存在します。当初はレンブラントの頭部研究と見なされていましたが、現在は本作品の聖母マリアの模写であると考えられています。

結論: 「天使のいる聖家族」は、レンブラントの熟練した技法と深い精神性、そして複雑な来歴が凝縮された傑作です。静謐な光と影、そして温かい色調が織りなす、忘れがたい感動を私たちに与えてくれます。エルミタージュ美術館を訪れた際は、ぜひこの名画を鑑賞してみてください。

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