天使の傷痕

西村京太郎『天使の傷痕』：社会派ミステリーの金字塔

西村京太郎は、現在ではトラベルミステリーの第一人者として広く知られていますが、初期の作品群は社会派推理小説の色彩が強く、『天使の傷痕』もその代表作の一つです。1965年、第11回江戸川乱歩賞を受賞した本作は、作家デビュー後初の長編『四つの終止符』に続く、西村京太郎の初期の代表作であり、彼の作家としての力量を決定づける重要な作品と言えるでしょう。タイトルの「傷痕」は「きずあと」ではなく「しょうこん」と音読みされ、その意味深な響きは物語の奥深さを予感させます。2015年には講談社文庫より新装版が発売され、現代においても読み継がれている作品です。

事件の始まり：小山での悲劇

物語は、新聞記者の田島伸治と恋人の山崎昌子が郊外の小山でハイキングを楽しんでいるシーンから始まります。その平和な雰囲気を突如として破るように、胸に刃物を突き刺された男が現れ、「テン…」と言い残して絶命します。事件現場はすぐに警察に囲まれ、厳重な捜査が行われますが、犯人は見つけることができませんでした。被害者はフリーの雑誌記者・久松実で、彼は「トップ屋」として知られ、掴んだネタを他人に売り込み、金品を強請るという、いかがわしい手段で生計を立てていた人物でした。

新聞記者の独自捜査

警察による捜査が難航する中、事件に興味を持った田島は、新聞記者としての勘と経験を生かし、警察とは別に独自取材を始めます。彼は久松と関わりのあった雑誌社から、久松の遺品の中にあった「天使は金になる」と書かれたメモを入手します。田島は、この「天使」という単語が、現場で久松が言い残した「テン…」という言葉と関連しているのではないかと推測します。

複雑に絡み合う人間関係と新たな犠牲者

「天使」というキーワードを手がかりに、警察と田島はそれぞれ独自の捜査を進めます。複数の容疑者が浮かび上がり、捜査は徐々に進展していくかに見えますが、一方で事件に関連する人物が不審な死を遂げるという新たな事態が発生します。事件はますます複雑さを増し、読者を深い謎へと誘います。

意外な犯人像と「天使」の意味

物語は、予想外の展開を経て、最終的に犯人が明らかになります。犯人は、世間に公にすれば彼等の生活が破綻してしまうような、隠された秘密を抱えていた人物でした。久松がその秘密を嗅ぎ付け、脅迫しようとしたため、犯人は身を守るために久松を殺害したのです。そして、物語の終盤で、「天使」という言葉の真の意味も明らかになります。それは、犯人にとって守るべき存在であり、同時に彼らを苦しめる秘密そのものでもあったのです。

社会派ミステリーとしての深み

『天使の傷痕』は、単なる殺人事件の謎解きにとどまりません。犯人の動機、そして事件に巻き込まれた人々の悲劇を通じて、当時の社会問題や人間の弱さ、社会の闇といったテーマが深く描かれています。ラストシーンでは、単なる責任者への糾弾や差別への批判にとどまらず、被害者たち自身の将来や生き方への問題提起も含まれており、読者に強い衝撃と深い余韻を与えます。

主要登場人物

田島伸治 (たじま しんじ): 主人公の新聞記者。鋭い観察眼と推理力で事件に挑む。
山崎昌子 (やまざき まさこ): 田島の恋人。事件に巻き込まれる。
久松実 (ひさまつ みのる): 被害者。フリーの雑誌記者で、トップ屋として活動していた。
片岡有木子 (かたおか ゆきこ) / エンゼル片岡: ストリッパー。久松と関係があった。
絹川文代 (きぬかわ ふみよ): 久松が通っていたバー「エンゼル」のママ。
田熊かね (たぐま かね): 久松のアパートの管理人。
* 中村警部補 (なかむら けいぶほ): 久松の事件を捜査する警察官。

テレビドラマ化

『天使の傷痕』は、2001年7月4日にテレビ東京系列『女と愛とミステリー』枠でテレビドラマ化されました。村上弘明、遠野凪子、原田大二郎ら豪華キャストが出演し、高い視聴率を獲得しました。

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