天使の歌声

サイモン＆ガーファンクルとして音楽史に名を刻んだ輝かしいキャリアを経て、アート・ガーファンクルがソロアーティストとして最初に世に送り出したアルバムが、1973年に発表された『天使の歌声』です。原題は『Angel Clare』と付けられており、これはイギリスの偉大な作家トーマス・ハーディの長編小説『ダーバヴィル家のテス』に登場する主要人物の一人、エンジェル・クレアに由来しています。

このアルバムは、サイモン＆ガーファンクル時代のサウンドを受け継ぎつつも、アート・ガーファンクル個人の音楽的嗜好や表現が色濃く反映された作品となっています。彼の代名詞ともいえる、透明感あふれるピュアな歌声が、様々なタイプの楽曲を通して存分に活かされています。

収録曲は、多岐にわたるソングライターからの提供曲や、伝統的な楽曲で構成されています。ポール・ウィリアムズとロジャー・ニコルズが手掛けたオープニングナンバー「青春の旅路」をはじめ、トラディショナルなケルト民謡「悲しみのウィロー・ガーデン」、著名なシンガーソングライター、ランディ・ニューマンによる「老人」などが収録されています。

中でも特に重要な楽曲は、アルバムからのシングルカットされた二曲でしょう。まず、第一弾シングルとしてリリースされた「友に捧げる讃歌（All I Know）」は、グラミー賞受賞経験もあるソングライター、ジミー・ウェッブによって書かれた楽曲です。この曲は発表と同時に大きな注目を集め、全米シングルチャートで最高9位を記録するヒットとなりました。ジミー・ウェッブは、以前にもサイモン＆ガーファンクルの作品に関わるなど、アート・ガーファンクルとの音楽的な繋がりが深い人物です。

もう一曲は、ヴァン・モリソンが提供した「君に歌おう僕の歌（I Shall Sing）」です。この楽曲は、モリソン自身が1970年にリリースしたアルバム『ムーンダンス』のためのセッションで録音していたものの、当時のアルバムには惜しくも未収録となっていたものです。アート・ガーファンクルが歌うことで、この楽曲は初めて正式に発表されることになりました。彼のバージョンも人気を博し、1974年にシングルカットされ、全米チャートで38位を記録しています。

アルバムの後半にも多様な楽曲が並びます。アコースティックな響きの「ひとりぼっちのメリー」、アフリカのバンド、オシビサのメンバーが作曲したレゲエのリズムを取り入れた「天国への道」、古くから歌い継がれるイングランド民謡を歌い上げた「バーバラ・アレンの伝説」、そして再びジミー・ウェッブが提供した穏やかなバラード「もうひとつの子守歌」などが収録されており、アルバム全体に豊かな表情を与えています。

『天使の歌声』は、アート・ガーファンクルがソロアーティストとしてのキャリアを確立する上で非常に重要な位置を占める作品です。彼のソロ活動の出発点として、その後の音楽性を決定づける基礎となりました。彼の繊細かつ力強い歌唱力と、選び抜かれた質の高い楽曲群によって、現在に至るまで多くの音楽ファンに愛され続けています。

後年にリリースされたデジタルリマスター盤には、アルバム未収録だったボーナストラックが追加されています。シングルとしてリリースされた際のショートバージョンである「青春の旅路（Single Version）」や、ティム・ムーア作のメロディアスな「セカンド・アヴェニュー」が収録され、ファンにとってさらに魅力的な内容となっています。本作は、アート・ガーファンクルのソロワークに触れる上で、まず聴いておきたい名盤と言えるでしょう。

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