奈良市民の歌

「奈良市民の歌」は、奈良県の県庁所在地である奈良市によって公式に制定された市民歌です。その歌詞は橋本竹茂氏が手掛け、楽曲は平井康三郎氏が作曲しました。

近畿地方の主要都市の中でも、奈良市は三重県の津市と並び、戦前には自治体の歌を持たない数少ない都市の一つでした。この状況が変わったのは、昭和30年代後半のことです。具体的には、1957年（昭和32年）に添上郡内の五つの村が奈良市に編入され、市域が大きく広がった出来事と、翌1958年（昭和33年）が奈良市の市制施行から数えて60周年を迎えるという、二つの大きな節目が重なったことが契機となりました。当時の第16代市長であった高椋正次氏の主導により、これらの記念事業の一環として、広く市民に親しまれる歌を制定する運びとなったのです。

市民歌の歌詞は、広く一般からの懸賞公募によって選ばれました。数多くの応募の中から見事入選を果たしたのは、大和高田市役所に勤務していた橋本竹茂氏です。橋本氏は、第二次世界大戦後に作られた国民歌「若い日本」の作詞者としても知られており、その才能が認められての入選でした。ただし、公的に発行された資料の中には、作詞者として橋本氏の個人名を明記せず、「奈良市選定」といった形でクレジットされている例も見られます。これは、懸賞公募による採用という経緯を反映している可能性が考えられます。

奈良市に関連する楽曲としては、「奈良市民の歌」だけでなく、その後にも市制の大きな節目を記念して作られた歌が存在します。1977年（昭和52年）には市制80周年を記念して「奈良のうた」（作詞：横田利平、作曲：長津義司）が選定され、さらに1997年（平成9年）の市制100周年時には「時の風」（作詞・作曲：荒井敦子）が誕生しています。しかしながら、奈良市によれば、これらの記念歌も含めて「特に定まった行事等での使用はしていない」というのが現状です。実際、奈良市の公式ウェブサイトを探しても、これらの制定歌に関する情報はほとんど見当たらず、また、奈良市の歴史をまとめた公的な書籍である『奈良市史』の中にも、市民歌や記念歌についての具体的な記述は見られないとされています。このことから、奈良市が制定した公式の歌は、市民生活や市の公式行事の中で積極的に活用されているとは言い難い状況にあると考えられます。

市民歌は、本来であれば自治体への愛着を育み、市民の一体感を高めることを目的として制定されるものです。奈良市民の歌も、市の歴史的な節目を記念し、新たな発展への願いを込めて作られました。しかし、その後の他の記念歌も含め、市の公式な場での利用機会が限られている現状は、制定された歌の存在が市民に広く知られ、歌い継がれるための課題を示唆していると言えるでしょう。

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